ガイア仮説を(怪しさなしで)説明します 【ラヴロック 『地球生命圏』, ALife Book Club 番外編】

こんにちは!Alternative Machine Inc.の小島です。
今回は番外編として、ジェームズ・ラヴロックの『地球生命圏』を取り上げます。
なんとなく怪しいイメージのある「ガイア仮説」ですが、原著は全然そんな感じではなくて、地味な大気組成の科学の話です。
これがどう「地球は生命体」という話に繋がっていくのかお話していきます。

今回は番外編として、ラヴロックの『地球生命圏』(1979)についてお話します。

これは「地球は一つの生命体である」とまとめられて、怪しげな文脈でとりあげられがちな「ガイア仮説(理論)」の原著です。

ぼくも最近まで読んだことがなかったのですが、実際読んでみると思っていたガイア仮説のイメージとだいぶ異なり、かなり科学的な本(センセーショナルというよりむしろ地味な内容)です。
そんな地味な話が「地球は生命」という派手な議論とどうつながるのか、そしてどのへんから怪しくなりうるのかというところも解説してみようと思います。

(ちなみにこの『地球生命圏』は新装版が出たばかりで手に入れやすく、とてもおすすめです!)

なんで「地球は生きている」という議論ができるのか?

そもそも「地球は一つの生命体」ということは途方もない話です。
その途方もなさを僕なりに整理してみました。

1. 地球という巨大で、複雑なものをなぜ扱えるのか?
2. 星が生命である、というのはありうるのか?(ナンセンスなのでは?)

そして、ここらへんがガイア仮説に引っかかりを感じる原因ではないかと思います。そのひっかかりを解消するため、あらかじめラヴロックの解決策もお伝えします

1. 地球という複雑なものをどう扱うか? → 大気に注目する。大気はつながっていて、どこでも大体同じ組成なので、地球の状態を示す量として使える。
2. 生命といえるのか?→ 生命とは何か、がまだわかっていないことが前提。ここでは地球の自己調整機能が生命的であると議論。

よって「地球は生命体」とまとめてしまいがちなガイア仮説は、丁寧に内容を見ると「地球の大気組成が自己調整されている(ように振る舞っている)」ということになります。これならだいぶ科学的にみえませんか?
(とはいえ、これだとだいぶキャッチーさが減るので、「地球は生命体」と言ってしまいたくなる気持ちはよくわかります。)

これをふまえて、もうすこし具体的な内容をみていくことにします。

ラヴロックは大気測定の専門家

ガイア仮説の提唱者ラヴロックは、もともと大気の測定がメインの仕事でした

特に、電子捕獲型検出器という測定装置の発明はラヴロックの大きな業績です。
この発明により空気中の微量成分を測定することが可能となり、例えばレイチェル・カーソンの『沈黙の春』はこれを利用した結果です。大気汚染という考え方の大本はラヴロックの測定装置にあるともいえます。

ラヴロックが大気組成を対象としていたことはガイア仮説にとっても重要で、特に直接のきっかけとなったのは、NASAの火星での生命探索プロジェクトのようです。ラヴロックはこのプロジェクトの一環として火星の大気を調べ、その結果、逆に地球の大気組成が特殊であることに気付きガイア仮説へと至りました。

地球の大気の特殊性

その地球の大気の特殊性とはどんなものでしょうか?
実は本書の大部分はこれについてです。(なので、いわゆる「ガイア仮説」のイメージで本書を手に取るとびっくりすると思います。)
そのなかから、ここでは二つだけ取り上げます。

まずは酸素です。
地球上での酸素の割合は21%です。地球上の多くの生物は酸素を使っているので、これだけの濃度があることは活動性が保つために重要です。
だとすると逆にこの割合が上がれば上がるだけいい気もしますが、実はそんなこともありません。もしも4%だけ上昇して25%になったとします。そうするとすぐに火がつくようになり、山火事が多発することになります。この濃度だと多少湿っていたとしても燃え続けるため、雷でもおちたら延焼がとまらないのです。(ちなみに、濃度が低くなり12%を切ると、今度は着火しなくなり火が使えなくなります。)
そう考えると酸素濃度21%というのは、生物にとってちょうどいい濃度になのです。

もう一つの例はアンモニアです。
生命が誕生した35億年前からいままで、地球の温度はかなり安定していることが知られています。温度が変わらないということは、地球と太陽の位置関係が変わらないことを考えると一見当たり前思えるのですが、そんなことはありません。なぜなら太陽の熱量は35億年間で30%減少しているからです。よって条件が同じであれば、いまは地球の平均気温は氷点下にまで下がっているはずなのです。
そこで重要なのが二酸化炭素やアンモニアなどのいわゆる温室効果ガスで、この量がうまく調整されることで温度が安定化されていたと考えられています。
ただ、この調整は自然には起きません。気体は冷えるほど溶けやすいので、温度が下がるとアンモニアはより海に溶けてしまい、地球を覆う「毛布」はより薄くなってしまいます。つまり普通だと、温度が下がることはより冷えやすくなる方向に機能してしまいます
よって温度が下がるとよりアンモニア濃度を上げる別の仕組みがあったことになります。そして、それは地球上の生物(生物圏、biosphere)が担っていたようです。

本書にはこれ以外の例もたくさんでてきますが、共通しているのは、地球の大気構成が今いる生物によってちょうどいいものになっていること、そしてその状態が安定して維持されている、ということです。またその維持を担っているのは地球上の生物(biosphere)であることも重要です。

サイバネティクスの影響(フィードバック制御)

この何かしらの値を安定に保つという話、どこかで聞き覚えないでしょうか?
これベイトソンの時に紹介したフィードバック制御(サーモスタット)の話そのもので、実際、ラヴロックもサイバネティクスをベースにしていると書いています。

(実はベイトソンの『天使のおそれ』にラヴロックへの言及があります。両方とも生態系の話という共通点がある一方で『天使のおそれ』では、ラヴロックのアプローチはプレローマ的で、クレアトゥーラを考えているベイトソンとは異なる、とされています。ちなみに本書を訳している星川淳さんは『天使のおそれ』の翻訳者でもあります。)

おさらいしておくと、サーモススタットでは、維持したい温度を決めてそれと実際の温度の差が大きくなると、それを小さくするように暖房のスイッチをオン・オフするという仕組みでした。

ガイア仮説でも同じように考えます。地球の温度が安定していたということは、なんらかの設定温度からのずれが測られていて、その情報をもとに温度調整をしている、となります。
そして、ベイトソンのときにもでてきたようにフィードバック機構は生命のひとつの特徴と考えられているため、「地球は生命である」ということになるわけです

ここで注意しないといけないのは、これが地球規模で起きているということです。温度のずれも地球規模の情報で、それを修正するための仕組みも地球規模の話です。一方ひとつひとつの生物は、全体の情報にアクセスもできないし、まして地球全体をコントロールすることはできません

そこでラヴロックは、これを担っている地球規模の存在があるとし「ガイア」と呼びました。そういうものが存在するはず、というのが「ガイア仮説」なのです。

しかし、ここは警戒すべきポイントです。実際には、たくさんの生物が含まれる大きな生態系における何らかのメカニズムにより、実質的に地球規模の制御が創発しているはずです。
そこで創発されるものをガイアと呼ぶことは構わないのですが、その説明を飛ばしてしまうと、説明できないものを架空の大きな存在に帰着する、という陰謀論になってしまいます

そうならないためには、個々の生物の活動が結果として地球規模の制御をしうるという具体的なモデルが重要で、そこででてきたのが「デイジーワールド」です。(これは次回にとりあげます。)

「地球は生命体」という議論について

最後に「地球は生命である」という議論についてコメントして終わろうと思います。
というのも、地球は生命であるわけがないという人も、地球は生命であることを深く捉えすぎる人も同じ過ちを犯しているからです。

それは、生命とは「自分が知っている生命」だけである、という思い込みです。
地球上にある生命から類推してしまうと、地球という巨大なものが生命であるわけではないと結論してしまうし、一方で、よく見知っている生命のあらゆる特性を地球に当てはめようとすると、それはそれでおかしな方向に進んでしまいます。

このあたりは、知っている生命("life as we know it")とありえた生命("life as it could be")を区別して考える人工生命の議論がいい補助線になると思います。ぜひこちらの記事もあわせてご覧ください。

次回予告:デイジーワールド

ガイア仮説をできるだけ怪しくなくなるように解説してみました。いかがだったでしょうか?

ただ、この本では最後のステップ(地球規模のプロセスを「ガイア」という謎の存在に帰着させる)ところの気持ち悪さがまだ残っています。

そこから踏み出すものとしてラヴロックがその後に提案したのが「デイジーワールド」というモデルなので、次回はそれを扱っているラヴロックの『ガイアの時代』についてお話してみようと思います。

今週もご覧いただきありがとうございました。来週またお会いしましょう!


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