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終戦記念日のために: 虐待、毒親など、長年の激しいストレスを癒したい方は、水木しげる先生の生き様から学ぼう!

私は水木しげる先生をストーカーレベルに研究している水木しげる変態である。

しかも水木しげるの漫画にはほぼ興味がなくてひたすら生き様と先生の爆弾発言エッセイが好きなだけである。

なんで水木しげるか。

先生が生き残りのプロだからだ。
この人の生き様を学べば幸せに生き残れるに違いない!と思ったのである。

だって戦争中に総員玉砕命令が下った最悪の戦地で右腕を喪くしたうえに栄養失調の中死ぬようなシゴキの虐待の日々の中で生き残り、

片腕を喪くしていながら日本に帰国後は漫画家として生き残り、

そして売れっ子漫画家でありながら手塚治虫先生みたいに若死にせず好きな国に旅行に行ったり90超えてビックマック完食したりしながら92歳まで健康に生き抜いたからだ!

戦時中に水木しげるはとてつもないストレスを浴びたはずだ。

なのに、水木しげるはどうして元気なの?

そしてどうして楽しく長生きしたの?

どうマネすればいいの?

というわけで主に栄養面から研究しまくった。

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まず子供時代を振り返るエッセイに、田舎の海のそばでワンパクな少年時代を過ごし、サザエが大好物で、毎日のように海岸で自分で獲ったサザエなどの海産物を山ほど食べていたと書いてある!

すごい量のタンパク質とか、特に亜鉛や鉄といった精神の安定にかかわるミネラルが大量に蓄積できているな!

そしてガキ大将だった。人間としてヤバイほど先生に従わない。他人の意見に徹底的に従わないのは精神にはよさそうである。

ただしその他人の意見に従わない性格のせいで、本来ならば免れるはずだった、総員玉砕命令がのちに下る激戦区に飛ばされ、殴られまくり、右腕を失ったので、不幸になったとも言える。しかしまあ総員玉砕のはずなのに傷病者だったため、玉砕を免れたという意味では幸せになったのか…。

あと徴兵前の海水浴の写真なんだけど、兄弟揃って、なんかね、かなりのマッチョなんですよ!水泳も大好きチャンバラごっこつうか戦争ごっこ大好きだったから運動量多いし、うん、タンパク質摂取多い!

かなりのスポーツマン体型。

絵の賞をとったり、自作の絵本を延々と描いたり、絵もメチャ描いてたはずだけど、身体的には健康なガチマッチョな若い漁師とかラグビー部の高校生かよってレベルで、画家を志す人にはちっとも見えない!

そして徴兵。船ではひたすら海水で煮た乾燥にんじんを食わされる。栄養失調なりにカロテン→ビタミンA前駆体を体内に蓄積出来ている。

戦地では木の根っこを食らうレベルの餓死寸前の生活だったが、誰に頼まれもしないのに「その辺にある食料でない何かを命を懸けて初めて食ってみる」という勇者の役割を率先して積極的にこなし、例えばカタツムリを焼いて食えばサザエみたいで結構おいしいという事を発見して率先して食べまくる

カタツムリでミネラルとタンパク質を摂取!
敵に三日三晩追われ一晩中海で泳ぎながら逃げたりできたのはこのせいかもしれませんな。

そして右腕を喪い高熱を出し髪の毛が全部抜けるほど弱って死線をさまようが、そのせいで玉砕を免れたし、そのせいで戦争中や敗戦後でも戦地でぶらぶらしてても怒られずそして現地人にメッチャ気に入られて彼らだって食料不足なのにパパイヤなどの貴重な食料をなぜか貰えるという日本軍の兵隊としては通常ありえない奇跡の身分となりすごい勢いで回復する。

終戦→極貧と食糧不足

傷病者の政治運動→紙芝居作家→貸本漫画(この辺で40歳で結婚)→週刊誌に出会うまでは長く赤貧としか言いようのない生活を送る。そして、漫画ヒット→気が狂うほど忙しい。とにかく睡眠不足座りっぱなし

戦争から帰って2年くらいはもう生き残ったってだけの事実で楽しくて楽しくて仕方なかったというが、そのあとは貧乏だわ忙しいわでものすごく不幸だった貧乏は戦争よりもマジ苦しい的なこともかいておられる。

ただし鬱病で無気力になってるわけではなくて、奥さんが、

こんなに朝から晩まで鬼気迫る勢いで仕事する人がこの世にいるとはと驚嘆した。そして同時にあまりの貧乏にも驚嘆したのだが、あまりの頑張りぶりを目の当たりにしているのでとても貧乏の事をディスるムードになれず、結局ただ呆然とたまげるばかりであった

…というよーな事を書いているほどの仕事ぶりである。

そんでね…
どうも、50歳くらい?(漫画ヒットしないとエッセイなんて頼まれないから、漫画ヒット後のエッセイだと思われるなけど)水木しげるのエッセイなのに!水木初期エッセイって)ある時期までやたら後ろ向きで暗いんですよ。

生きていても楽しくないとか、こんなに仕事ばっかりしてても死んでるのと変わらないとか、ダラダラできる窓の外の猫がねたましいとか、嫁に料理を習わせたけどマズイとか、あれ?あれれれ?いつもの水木しげる節は?あの明るい反省しない節回しはどこに行ったの?って感じのエッセイなんだよね。

で55才の時のエッセイに

ここ25年、毎朝、毎朝、と分厚いトーストとシイタケを食べている→妻の本によるとその肉は母がしげるに栄養をつけさせるために毎日むりやり「しげるの分だけ」届けたヒレ肉ステーキ

つまり、栄養失調で激戦区から帰ってきた息子のために母が毎日毎日ヒレ肉のステーキを届けていた!

タンパク質と鉄分

母も息子も
いろいろひでえ。

そして、しげる嫁のエッセイに、毎日毎日ステーキであまりに太り過ぎだために、ある時頼んでついに止めてもらったと書いてある。

でも53才の時のエッセイあたりで転機が訪れ

急にエッセイがメチャクチャ前向きになってくる!

かつて、多忙とストレスで睡眠薬漬けになってもまだ眠れぬほどの不眠症に苦しんだが、

毎日欠かさず5-10分腕や手足をムチャクチャ振り回しながら歩く不審者にしか見えない散歩で不眠症を改善した。

ただその運動のせいでたびたび警察に職務質問されたらしい。

いろいろひでえ

死ぬような激務ダメ!仕事を減らして睡眠を取れとやたら繰り返す!


72才の時のエッセイ

週3-4回必ず水泳に行くようになってほぼ2年になる。昼ごはんのあと、25メートルプールを無限に往復。

70才でそれができる体力がすげえ。

87キロ→67キロにやせた。

あと49才で30年ぶりにパプア・ニューギニアに行って以来、ほぼ95%毎年海外に旅行。

水木しげる伝の年表の最後が82才だけどその年もメキシコに冒険旅行。


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こうしたことから分かるのは。

長年、しげるは考えられないくらいの
サザエとヒレ肉ステーキを食べ続けた
タンパク質、鉄、亜鉛…

その結果、
ある時期までは、
普通なら死ぬところを乗り越える体力
常人に不可能な仕事量で活動する体力があった。

ところが
肥満(糖質の摂り過ぎ?)
運動不足
睡眠不足
ありえない激務
どれが原因かはわからない。
しかし、うつっぽくなった。

ところが。

ガッツリ痩せたせいか
定期的に運動したせいか
仕事を減らしたせいか
ある程度睡眠を摂ったせいか
旅行に行ったりし始めたせいか
わからないが
そういう対処をした頃から
突然本来の明るい人間に回復した!!!

依然としてホットケーキや大福などの糖質も大好きなように書いてあるが、写真で見る限り激務時代以外は標準体型!てゆうかスマートな体型を維持できるレベルに定期的に泳ぎ続けて運動してるって事だよね。

というわけで、

★牛肉、サザエ、カタツムリ、またはそれに相当するタンパク質ミネラルを生涯毎日大量摂取して
★水泳に通って健康体重になるまで運動するか
★無理なら少なくとも太り過ぎるほどの糖質は取らないように控える
★理不尽な人の話に一切従わず自分の心は自分で決めて他人の意見のせいでブレない心を持てば

戦争で上官の毎日の暴力と飢餓の中で右腕を喪う級のどんな過酷な経験しても、その後ハッピーな心は取り戻せると解った!!

てゆうか
解った事にする。

過酷すぎる子供時代など、トラウマで悩む方よ、参考にして下さい。

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で、実際のところ、
私はタンパク質の大食いを10年以上実行してるんだよね。

運動は…全くしてないけど、糖質を控える事で、高校の体重+2キロ位までを維持はしてる。

で、そういう生活を続ける事で、イライラする事がマジで減って前向きになれてると思うの。

水木しげる先生のスタイルにもっと近づけるならば、大福を食べつつ水泳に通う方がベターかもしれないけど、とにかく調子はいいよ!



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