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ゾンビ!世界戦争!偽史!WORLD WAR Zは真っ直ぐな嘘つきのための極上のエンタメ小説だ

心理テストです。あなたは森を歩いているとゾンビが好きなので当然世界大戦も好きになりました。そこに一人の猟師が現れて言いました。「君は偽ドキュメンタリーも好きだね?」 さて、あなたが手に取る本は何でしょうか?

はじめまして。アロハ天狗と申します。
ゾンビが大量に発生して世界がぐちゃぐちゃになって人が大量に死ぬけど人類は負けないゾンビ世界大戦フェイクドキュメンタリー小説『WORLD WAR Z』がめちゃくちゃ面白いので、それの話をします。

さて、我々は寝ても覚めてもゲームに映画にドラマにコミックにと、ゾンビが暴れるところを観たりゾンビを撃ったりゾンビに追いかけ回されたりと四六時中腐汁漬けの幸福で充実した日々を送っています。

しかし、そのゾンビ作品が面白ければ面白いほど、想像力を膨らまさずにはいられません。
『今ごろ/これから  世界はどうなっているんだろう?』

スタッフロールの後、主人公が命からがら脱出した後、または悲惨に全滅した後、ゾンビ・パンデミックの蔓延した世界はどうなっていくのでしょうか。

ちょっと気の効いた作品であれば、例えばニュース映像のザッピングで世界が混乱している状況を伝えたり、例えば彼方に見えるNYから火の手が挙がっていることで、『文明の崩壊』を端的に表すでしょう。

あるいは、既に文明が崩壊した世界を舞台に、支配種たるゾンビだけでなく生き残りの生存者との争いも主題にした傑作なんかもありますね。

ただですね、正直、ぶっちゃけて、仄めかしや過去形じゃなくて、ちゃんと現在進行形で見たくないですか?大発生したゾンビが文明をめちゃくちゃにする所、世界崩壊の真っ最中、人類とゾンビの全面戦争。

本書、WORLD WAR Zはそのタイトルの通り『最初の感染』から『感染拡大』、『大いなるパニック』そして『全面戦争』までを真正面から描写した作品です。

で、ですね。結論から言ってしまいますと、人類、この戦争に勝つんですよ。大勝利。人類の主要な生息圏から、荒れ狂う災禍としてのゾンビの群れはほぼ駆逐されます。

さて、なぜ私がここでそんな重要なネタバレを躊躇しなかったかというとですね、この作品は『人類が”世界ゾンビ大戦”に勝利してから10年後、あの戦争に関わった世界中の人たちの証言を集めた記録集』という体裁のフェイクドキュメンタリーだからです。

筆者はジャーナリストとしての聞き役として、例えば「最初の感染に立ち会った中国の医師」や「国際宇宙ステーションの宇宙飛行士」や「いち早く事態の深刻さを把握していたモサドのエージェント」や「米政府要人」や「一介の主婦」など、それぞれの立場からのそれぞれのストーリーが語られます。 

だから・・・この作品を真正面から映像化するならば、おそらく最も誠実なアプローチは、『インタビュー映像』(フェイク)と、『再現映像』(フェイク)と、『当時の資料映像』(フェイク)を散りばめた、BBCやナショナルジオグラフィック等のドキュメンタリー番組のような体裁となると思います。

ブラピによる映画版も、まさしく文字通り津波としてのゾンビ描写の映像的インパクトや、エピックなスケールの中盤に対して一気に静かになるクライマックスという異色の構成が楽しい作品でしたが・・・やはり劇映画という体裁は本質的には似合わないと思います。

あと映画版だとですね、走るタイプのゾンビなんですが、これも大きな差で、本書のゾンビは歩くタイプなんですよ。だから戦術の一つ一つから戦争の推移まで根本的に変わっちゃうんですよね。本書でのアイデアや展開が尽く採用されていないので、やはり全くの別物として尊重すべき作品だと思います。

数百万の死体の群れがゆっくりと歩きながら、都市を飲み込み拡大し続ける・・・という本作の印象的なイメージはまさしく黙示録的であり、できればこれがそのまま映像化されるところを見てみたいものです。

さて、多少脱線しました。上の証言者の一例を見て察しの良い方なら気づいたと思いますが、この証言集という体裁の最大のメリットはですね、全ジャンル可能になるんですよ。

ホラーも戦争もヒューマンドラマもポリティカルサスペンスも果てはヒーローアクションまで、その戦争への携わりかた次第で自由自在にあらゆる様式の物語が内包可能な構造なんですね。

つまり、一つ一つの証言が極上のゾンビという唯一の共通項で括られた極上の短編集でありながら、時系列順に整理されたそれを読んでいく内に、”世界ゾンビ大戦”の全貌がまるで史実であったが如くに読者に伝わってくるという、めちゃくちゃ巧みな内容なんですね。

この作品の直接のアイデア元として、米ソ全面核戦争から5年後のインタビュー集という体裁を取ったウォー・デイという作品があります。

これは核戦争後、辛うじて細々と日々を生きていくことだけは許された人類が、核戦争直後の地獄絵図と、もはや決して戻ることのない豊かさを振り返る・・・という、夕暮れ時のような辛気臭さが魅力の小説なんですね。

対して、WORLD WAR Zは、
・人類が勝利している
・絶望を乗り越えたその先
という大前提があるので、読んでいる印象が非常に明るく、作風がエンタメに特化しているのが特徴です。
人がメガ単位でジャブジャブ死ぬんですが、前向きなんですよね。やっぱり勝ってる戦争はいいな!
我々の人間性とは・・・クジラとは・・・とか言わない。 #アッ言ってた

そして、あくまで当事者の証言を集めたインタビュー集という体裁なので、執筆者が裏どりした事実、という体の注釈がそれっぽさを補強します。

「ロンドンは・・・そりゃもうひどいもんだったよ。最後まで人間でいられたのは三人のうち二人※5しかいなかった」
※5 “大いなるパニック”を通じてのロンドン市民の実際の生存率は77%で、これは当時の大都市としては突出して高い水準にある。

とかですね、これは本文からの引用ではなく今考えた創作ですが、だいたいこんなノリでいけしゃあしゃあと語られる注釈がとても良いスパイスとなっているんですよね。
産まれた瞬間から真顔で嘘を吐いてきた虚言症人間特有の臭気がでてますね。

日本に生まれてたら絶対に超マイナーな歴史人物をピックアップして描写バフと”歴史の裏真実”バフを重ねがけにしてオレ柳生にするタイプですね。俺にはわかる。

では肝心の世界ゾンビ大戦の描写はというと、これも例えばゾンビ・アウトブレイクが世界で同時多発する理由づけから、ゾンビとの総力戦の戦術、戦後対応に至るまで、作中で語られる一つ一つのアイデアから、四六時中ゾンビが世界をめちゃくちゃにすることだけを考え続けた人間特有の凄みが出てます。

奇想の方向性が伝奇的というか、日本に生まれてたら絶対にオレ柳生とオレ徳川とオレ剣豪をフル活用して”ぼくの考えた最強の大阪夏の陣真実”を書き上げるタイプですね。俺にはわかる。

数少ない欠点としては、それぞれのエピソードが短編として非常に綺麗に纏まってる一方で、『綺麗に纏まりすぎている』点はあるかもしれません。実話インタビューという体裁にしては、どの話もオチまで含めて面白すぎるんですよ。

『おまえみたいに起承転結完璧に揃った実話体験がいるか!スカタン!客観的に自分をみれねーのか バーカ』

ただ、上述したとおり、本作はエンタメに特化した点こそが魅力でもあるため、そこをどう捉えるかは読んだ皆さんにお任せします。

特に好きなエピソードを上げるなら、
・スケールのデカい描写でゾンビ戦争の転機を示した南アフリカ編
・作中屈指の底冷えするオチがとにかく不気味な北朝鮮編
・見事なボーイ・ミーツ・ジジイでヒーロー誕生譚になっている日本編
・パーソナルな描写で生存者のサバイバルを描いた女性パイロット編

とかですかね・・・(カンザスの野生少女の話も泣けるしヨンカーズの戦いももちろん)

なお、本書の作者マックス・ブルックス氏はゾンビ・サバイバル・ガイドという実際にゾンビがいる前提でのサバイバル指南書も描いており、こちらも1日に30時間ゾンビのことを考えている人間にしか到達できない偏執的な描写が頭おかしくてとても良いです。
https://togetter.com/li/535115

ということで、
・スケールのデカいパニック・戦争描写
・フェイクドキュメンタリーとしての嘘の魅力
・エンタメ性の高い短編集
・人がいっぱい死ぬ
という要素を一冊に凝縮したWORLD WAR Zはゾンビ好きのみならず、広い範囲の皆様に強くオススメする傑作であります。 

「ああ、そんな映画もあったね」くらいの人が、原作にもアクセスして楽しんでほしいなと心から願うところです。

なお、紙もいいですが、上述した注釈がとても見やすいため、個人的にはKindle版をオススメします。
https://www.amazon.co.jp/WORLD-Z%E3%80%88%E4%B8%8A%E3%80%89-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9-%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/dp/4167812169

あーあと全然関係ないですがゾンビといえば、ゾンビ!メタル!能力バトル!人がジャブジャブ死ぬ最高の暗黒サブカルホラースラッシュバトル『ゾンビ屋れい子』もめちゃくちゃ面白いので、どさくさに紛れておすすめしますね!人が出て死ぬ!
https://note.mu/makichang23/n/n411e3cabb5a2

もしあなたがこれを切っ掛けにWORLD WAR Zやゾンビ屋れい子を読み気に入ってくれるととても嬉しいし、そうでなく「こっちの作品の方が面白いだろ」というものがあればそれを薦めててくれても、とても嬉しいです。

(おわりです)

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