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Tomo @ Earnest Ice Cream_Jul. 16th 4:44 p.m.

 納骨の日、初めて母の骨を見た。淡いピンク色の珊瑚みたいだった。骨壺からいくつか骨を取り出すと、持ってきたジャムの空き瓶にそっと入れた。

 毎年夏に煮るマーマレードを入れるために、母が取っておいた瓶だ。その瓶の中に今、母の骨が入っている。

 台所でせっせと洗っている時、母はまさか自分の骨がその瓶の中に入るとは思っていなかっただろう。でも、これは母じゃない。母の、ただの抜け殻だ。思いながら、涙が頬を伝った。

 熱帯のような夏の日本からバンクーバーに帰ってきたのは、それから数週間後だった。

 今年は特に雨が少なかったらしく、街は日差しに焼かれていた。部屋にはエアコンもファンもないので、耐えきれなくなると2ブロック先のカフェに避難した。

 アイスティーをオーダーし、冷房の効いた店内で一息つく。

 最期の日々の中で母は、元気だったどんな頃よりも超巨大な、愛のかたまりをくれた。昏睡と痛みに彷徨いながらも、死に近づくにつれ、母の存在はどんどん純度を増していった。

 肉体に最期のひとしずくを絞り出すかのように、意識もなくベッドに横たわる細く黄色く小さな体を、こんなにも愛おしいと思ったことはなかった。

 まるで自分の子供のように、命を投げ出しても構わないほどに愛おしかった。

 魂が肉体を離れる時、ひとは、爆発的に“何か”を発する。この世界に最初の命が始まってからずっと、母まで受け継がれてきたもの。そして今、わたしの中にも受け継がれているもの。

 どこまでも悲しみに沈んでいくような時でも、そのことを思うと光が差すのだった。そして、その“何か”をわたしも繋いでいきたいと、細胞の一粒一粒が叫んでいた。

 テキストメッセージのアラームが鳴った。Ghaselだ。地中海に浮かぶ小さな島からやってきた彼とは、母の件で帰国する少し前に出会った。

 最初に会った時は、ラテン語訛りの英語が聞き取りにくくて苦労したが、話しているうちに、言葉の向こうに自分と同じ色の泉があるような気がした。

 時々コーヒーを飲みに行くくらいの仲だったが、日本にいる時、一番頻繁にメールをくれたのがGhaselだった。

「いつも祈ってるよ」とか、ただ「おはよう」とか「おやすみ」とか。短いメッセージが、彼の飼っている猫の写真と共に毎日送られてきた。

 病室に泊まり込みで過ごす夜、足元にふわふわした毛並みを感じるようで救われた。

「Tomo、帰ってきたの?」とテキストが言うので、

「うん、元気? 今、暑くてカフェに避難中」と返すと、

「いいもの持ってってあげる。今どこ?」

 15分後、Ghaselはやってきた。

 わたしの姿を見つけると「Tomo!」と腕を広げハグをくれた。長くて強いハグだった。小柄で筋肉質な彼の体を、いつもより大きく感じた。

「よかった、君の顔を見れて」。Ghaselは言った。とても綺麗なグレーグリーンの目。

「おかえり、Tomo。きっと暑くてうんざりしてると思って、これ」

 差し出された包みをのぞくと、瓶に入ったアイスクリームだった。Earnest Ice Cream のWiskey Hazelnut。

「今朝、ファーマーズマーケットで買ったんだ。バンクーバーで一番おいしいやつ」

「なんでわたしの一番好きなフレーバーを知ってるの?」

「だって、僕もこれが一番好きだから」

 今度はわたしが彼をハグする番だった。「You are so sweet!!」。肩越しに、なんとなく涙ぐみそうになっていると、一瞬、髪にキスが降りてきた。その温度。

 海を越えて電波に乗ってきたテキストメッセージたちは、きっと、このハグやキスと同じ温度でわたしを包んでいたんだ。

「アイスクリーム食べながら、少し歩こう。海が見たい」

 左手にアイスクリームを抱え、右手をGhaselの腕に滑りこませて、わたしは言った。

 生きている。

 魂はキラキラ光る霧みたいに、時に肉体という容れ物に入っては、ひととき生命の輝きを放って元の姿に還ったりする。花の香りこそがその実在であるのと同じように。それだけのことだ。

 でも、この不自由でままならない肉体でしか、感じられないことがある。のたうちまわるような苦しみも、とろけるような甘さも、今、ここにいるからこそ味わえる蜜だ。

 こうしている瞬間のすべて、これから体験することのすべてを、わたしの中にいる母の命も一緒に感じている。

 通りに出ると街は光に溢れていて、2ブロック先には海が見える。わたしたちは瓶を抱えたまま腕を組み、アイスクリームをすくいながら笑い合った。

 この肉体が空っぽになって、骨を残して宙に還るまで、この星の上で、ぜんぶを楽しもう。そう決めた。



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『Ku:Cafe in Vancouver』はバンクーバーに実在するCafeを舞台にした12のショートストーリー。2014~2015年にフリーマガジン『Oops!』で連載されたものです。

挿絵は愛知在住の画家/シンガーソングライターの原田章生さん。

書籍購入は、コチラから。

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