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友の会会員が選ぶ「今年の3冊」DAY.10 Part.1

小島ともみ選:「読む映画」の3冊

本浸りの生活から一転。映画館に通い詰め年間200本前後を観る十数年を経て出会ったALL REVIEWSが、長らく足の遠のいていた本屋さんと図書館に私を引き戻してくれた。読書と映画。どちらも一定の時間を独占するものだから、ならばどちらもいっぺんに楽しむことはできないかと、かろうじて読んでいたミステリの枠を超えて飛び込んだ「映画に関する本」というジャンル。そのなかから「もっと映画が観たくなる」3冊を選んでみました。

1.『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』
(春日太一著/文藝春秋社,2019/10/10)
2.『映画監督 神代辰巳』
(神代辰巳著/国書刊行会,2019/10/25)
3.『奥行きの子供たち わたしの半身はどこに? ヌーソロジーで読み解く映画の世界』(半田 広宣・春井 星乃・まきしむ著/ヴォイス,2019/4/15)

回顧のふりして、宣戦布告!
『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』
(春日太一聴き手・構成/文藝春秋社)

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80、90年代の邦画を愛する人には馴染みの深い「奥山和由」という名。かつて松竹に在籍し、名プロデューサーとして辣腕を振るい、それがある意味、あだとなって松竹を追われることになった男の映画人半生に、春日太一さんが迫った本書。

折しもことし22年ぶりのシリーズ新作『男はつらいよ お帰り 寅さん』を公開した松竹。寅さんシリーズは、90年代まで長きにわたりその松竹のなかで圧倒的な興収を誇る看板映画だった。そんな心温まる家族の物語の裏側で、ひとり気を吐き暴力的で血なまぐさい作品をプロデュースし続ける奥山さんの存在は、私のなかで大きくとどろいていた。追い詰められた人間たちが仕出かすものことを、私の知らない世界から容赦なくぶん投げてくる勢いに気圧され続けたのだった。

通称「津山三十人殺し」として知られる戦時中の事件を題材にした初プロデュース作『丑三つの村』が、実は会社に黙って制作を開始した作品だったとか、出来が気に入らず監督を差し置きみずから撮り直して一悶着起こした『RAMPO』、北野武監督との出会いと訣別、そして松竹退社(という名の追放)。枚挙にいとまがないほどの事件の連続、穏やかな出会いで終わらない名監督や俳優たちとの邂逅を、あら、へえ、ふうんと野次馬感覚で読み進めているうちに気がついた。

奥山さんという人は、何事にも常に本気の全力でぶつかっている。ちょっとうまいことを言ったり、ひたすらに相手を立てて切り抜けることだってできたはずだ。でも、それをしなかったし、これからもきっとしないに違いない。奥山さんのような生き方はとても真似できない。実際にこんな人がそばにいたら、その熱さに息苦しくてたまらなくなってしまうかもしれない。ただ、不振と不興が続く日本映画界に起死回生をもたらすのは、こういう手のつけようのないほどに真摯な態度なのだろう。


神代と書いて「クマシロ」と読みます!
『映画監督 神代辰巳』
(神代辰巳著/国書刊行会)

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「本は鈍器」という言葉を生んだウィリアム・ギャディス『JR』に同じく、ずしりと重たい百科事典のような厚さの本書。「日活ロマンポルノのエース」と呼ばれた神代辰巳監督の全35作品の解説と、その出演者や関係者へ、2019年の今、当時を振り返ってもらうインタビューをぎっしり載せた渾身の一冊だ。

私が神代監督を知ったのはずいぶんと後追いで、大学生のころ「アメリカンニューシネマが好きなら」と薦められて観た『アフリカの光』が初めての作品だった。芥川受賞作家の丸山健二の同名小説を原作にしたこの映画は、ショーケンこと萩原健一と田中邦衛が北国から自由を求めアフリカへ渡ることを夢見ながら、閉塞のなかであがき苦しむ青春物語だ。ショーケンの清々しいまでのアナーキストぶりに魅せられ、続いて観た『青春の蹉跌』(石川達三の同名ベストセラー小説が原作)でも、ショーケンは何かに駆り立てられて焦り空回りしていた。その孤独な心の叫びにつり込まれるように踏み入った神代監督作品に、私は一瞬たじろいだ。日活ロマンポルノ作品ばかりだったのだ。

レンタルショップで借りるにも、「18禁」と書かれた黒いカーテンをくぐって別部屋へ行かなければならなかった。パッケージも大変なまなましい。まだ若かった当時、気恥ずかしさに俯き、目をそらしながら貸出の手続きを済ませて足早に店を立ち去った。そうして出会った『四畳半襖の裏張り』(永井荷風『四畳半襖の下張』の映画化)、『赫い髪の女』(中上健次『赫髪』の映画化)などは、どれも、確かに濡れ場はあるけれど、その時代を生きる若者の心情を性愛という避けて通れない側面からえぐったまごうことない青春映画だ。

あとで知ったところによると、デビュー作の『かぶりつき人生』が当時の日活史上最低の興収を記録し、日活からは「干されて」しまった神代監督。その後、日活で「ロマンポルノ」路線に花咲くと同時に復帰を果たしたということのようだ。ロマンポルノには「セックスシーンを3回入れれば、あとは何をしてもいい」というルールが存在したらしく、神代監督はそのルールを逆手に取った。「3回をクリア」して、自分の描きたい作品を作っていたのだ。なんというパンク!全35作解説はビジュアルも豊富で、「こんな俳優さんも出ていたのか」と驚きの顔ぶれも並ぶ。

時代は変わっても、若者(に限らず人)が人生のある時期に感じる焦燥や落胆は永遠につきまとう厄介。映画を観て解決するようなものではなけれど、かつても同じように苦しんでいた人たちの生きざまを如実に切り取ろうとした監督の仕事は、文字として読むだけでも何かしらの力を与えてくれる。


ヌーソロジーって、何だ?
『奥行きの子供たち わたしの半身はどこに? ヌーソロジーで読み解く映画の世界』

(半田 広宣・春井 星乃・まきしむ著/ヴォイス)

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ツイートのタイムラインに流れてきた本書のタイトル「奥行きの子供たち」という言葉に引っかかり読むことを決めた一冊。「ヌーソロジー」とは、意識物理学者の半田広宣さんが提唱する概念らしい。直訳すると「神的知性学」。公式サイトの見解によれば「人間にとって世界は与えられたもの。感覚や知性を通じて、“どのようにして”世界があるのか、“どのようにして”物事は成り立っているのかを考察することはできても、“なぜ”という視点から見ることはできない。受動的な立場にいるから。そこを能動的に解き明かしていこう。ただしその思考にはあらかじめ対象はなく、思考自体が対象となっていく。その思考の連続が示す軌跡は知性として、あらゆる“なぜ”に答えることができる」というようなもののようだ。そのヌーソロジーをもって、いわゆる“ディープ系”と呼ばれる「解釈が難しいのに流行った」映画の解説を試みたのが本書だ。

対象となった5本の作品のうち、私が興味を引かれたのは2本。一つは、『マトリックス』で人類の希望を一身に背負ったネオが、“セキュリティソフト”たるエージェント・スミスに“駆逐”される場面への考察だ。そう遠くない未来にやって来るシンギュラリティの時代における人間のあり方を思わずにいられない。超知性が支配する完璧な世界で、人の主体性はどういう立ち位置を模索していくのだろう。また、多様な民族や言語はあるのに宗教的な要素が存在しないという指摘のもと、一神教から導かれる指輪探しの物語として語られる『ロード・オブ・ザ・リング』の新鮮さ!

映画のなかに現れる特異な世界に驚き、ただ咀嚼しようという方向では生まれない「奥行き」の視点がこの本の中には詰まっている。ああ面白かった!にとどまらず、その面白ポイントがどこにあって、なぜ生じたのかを今の時代と照らして考えてみよう。そこに作品が生まれた理由や今あることの必然性までもが見えてくるかもしれない。映画の新しい楽しみ方を教えてもらった。


【記事を書いた人】小島ともみ

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