佐伯論争勃発!意見を戦わせる対談の醍醐味~小川 公代 × 豊崎 由美、平野啓一郎『空白を満たしなさい』(講談社)を読む
ドラマの脚本は素晴らしい
平野啓一郎の良い読者ではない豊崎さん。それでも、NHKのドラマ『空白を満たしなさい』は素晴らしかったといいます。
『空白を満たしなさい』は10年前、2012年に発表された小説。近年、ドラマや映画になるのは、はやりのマンガばかり、10年前の純文学を題材に、ドラマを仕上げるNHKを豊崎さんは絶賛します。
一方、紙の書籍には厳しい現実も。NHKの地上波のドラマになっても、本作の文庫本は再販されません。読みたい方はKindleで入手可能ではあるのですが。古書価格も上がっているので、何とか再販していただきたいもの。
さて、ドラマを見てから原作を読んだ豊崎さん。ドラマと原作の数少ない変更点、阿部サダヲが演じた「佐伯」の扱いについて、豊崎さんはドラマに軍配を上げます。
ドラマでは佐伯は自殺に失敗し、最後まで生きます。これに対し、小説では、佐伯は途中で自殺します。「小説ではまるで佐伯をガジェットのように扱う」と豊崎さん。
著書『ケアの倫理とエンパワメント』でも平野作品を取り上げている平野作品の良い読者である小川さんはこれに反論。この小説は、佐伯は自殺した、徹生は復生(生き返る)する、という物語。佐伯が生きていると違和感があるといいます。
また、小川さんは、原作で、精神科医が解説するゴッホの自画像のパートを、ドラマでは佐伯がゴッホの複製画を指さしながら解説するシーンに変えていることに関し、「ここは知的な作業であり、佐伯にはそこまでの知識があったのか」と疑問を呈します。とはいえ、阿部サダヲさんの熱演に納得してしまったと小川さん。
豊崎さんは、NHKドラマ班は佐伯を救いたかったのではと推察します。
孤独な人の分人の作り方
個人が生きていくために複数の個性、自分がその時々で向き合う人に合わせて「分人」を作ることが生きていくために必要と書く平野作品。小川さんは平野さんが「分人」という考えを初めて提示したのが『空白を満たしなさい』ではないかと考えます。
「でも、孤独な佐伯には『分人』が作れないんですよね」と豊崎さん。分人が作れない佐伯のような人間は自殺したくなる小説とまでいいます。だからこそ、NHKドラマ班は佐伯を救いたかった。
一方、小川さんは、登場人物の一人、ポーランド人のラデックが火事で家主のおばあさんを助ける直前に『伊勢物語』を読んでいることに着目します。火事の直前、ラデックは在原業平の『分人』を作っていた、孤独な人間も、文学を通じて「分人」を作れるというのが救いではないかと考えます。
佐伯をめぐって、意見を異にする小川さんと豊崎さん。意見を異にしながらも、対談はスムーズで楽しそう。それはお二人が、相手の意見を聴くという姿勢を守っているから。対立する意見を聴く、文字通りの「対談」。詳細はオンラインでお楽しみください。
【記事を書いた人:くるくる】