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【イベレポ】第2回書評家と行く書店ツアー:沼野充義さん@東京堂書店

「ALL REVIEWSに参加する書評家と書店内をくまなく巡り、その場で様々なジャンルの『おすすめ本』を教えてもらえる」というALL REVIEWSならではの贅沢なツアー。
第1回の仏文学者・明治大学教授の鹿島茂さんに続き、さる8月に行われた第2回は、ロシア・東欧文学者 / 東京大学教授の沼野充義さんにナビゲートいただきました。
ツアー先は、神保町のすずらん通りにある、明治創業の老舗新刊書店、東京堂書店さん。落ち着いた佇まいと確かな品揃えで、往年の読書家からも一目置かれる存在です。近年の改装で店内にブックカフェが併設され、くつろぎの空間としても魅力を増しました。
本企画の発案者の“かごとも”より、書店ツアーのハイライトをお届けします。本文でご紹介できなかった本も、最後にブックリストにまとめましたので、ぜひご覧ください。

1. SF小説との遭遇

書店巡りツアーは、1階の新刊・文庫フロアからスタート。エレベーター前のスペースで、まず視界に入ったのは、ワゴンに山積みされた、話題の中国SF『三体』。沼野さんも夏休みの一冊として購入されましたが、残念ながら多忙のため読めなかったそうです。『三体』は、既にお持ちなので、同じワゴン内のSFマガジン8月号中国SF特集を手に取り、買い物かごへ。『ソラリス』で知られるスタニスワフ・レム作品の翻訳を手掛けた沼野さん、純文学だけでなく、SFにもお詳しいです。

『三体』劉 慈欣 (早川書房)

続いて文庫コーナー。河出文庫の置いてある一角には、トランプ政権発足後に注目を浴びたジョージ・オーウェルの『一九八四』や、アントニー・バージェス『時計仕掛けのオレンジ』など、言葉が統制されたり、崩れたさまを描いたディストピア小説が並んでいました。店頭では見つけられませんでしたが、ザミャーチン『われら』(集英社文庫)もリコメンドいただきました。

2.『源氏物語』という世界文学

『源氏物語』と言えば、古典文学でありながら、文豪や人気作家による数々の名訳や絵画やコミックスなどのリミックス作品が生まれ、今日でも親しまれていますが、今回の書店ツアーでは、3つの異なるバリエーションの『源氏物語』をご紹介いただきました。日本文学・海外文学の双方に通じている沼野さんならではのチョイスです。

まず、1F文庫コーナーでは、岩波文庫版の『源氏』が目に留まりました。「新日本古典文学大系」を文庫化して読みやすくしたもので、現代訳はついていないのですが、こちらを一揃え持っていれば、詳細な注釈で原文を読みこなすことができるそう。

『源氏物語』(岩波文庫)

続いて、「軍艦」という愛称を持つ、ここに本を置かれたら一流の証とも言われる、東京堂の名物、レジ前の平台新刊コーナーにも、華やかなクリムトの表紙が眼を惹く『源氏』が置かれていました。こちらのアーサー・ウェイリー版『源氏』は、ウェイリーによる約100年前の英訳を、毬矢まりえ、森山恵の姉妹が日本語に逆翻訳したもので、カタカナ交じりの大変ユニークな訳文は、どこの国のお話か分からなくなるほどです。
例えば、冒頭の有名な一節は、以下のように翻訳されています。

いつの時代のことでしたか、あるエンペラーの宮廷での物語でございます。ワードローブのレディ(更衣)、ベッドチェンバーのレディ(女御)など、後宮にはそれはそれは多くの女性が仕えておりました。その中に一人、エンペラーのご寵愛を一身に集める女性がいました。
沼野充義さん ALL REVIEWS掲載書評より引用

『源氏物語 A・ウェイリー版1』毬矢 まりえ,森山 恵 訳(左右社)

3番目の『源氏』には、3Fの文学全集の棚で出会いました。池澤夏樹個人編集版の日本文学全集は、現代の人気作家が古典の現代語訳に挑んたシリーズで、角田光代さんによる『源氏』が読めます。

『源氏物語 上 (池澤夏樹 個人編集 日本文学全集04)』 角田 光代 現代語訳(河出書房新社)

3.越境する世界文学

いよいよお待ちかねの3Fの文芸書コーナーに到着すると、沼野さんの来店にあわせたのように、「越境者たち」「越境する世界文学」と題した企画が展開されていました。何というセレンディピティ!

『世界イディッシュ短編選』は、東欧系ユダヤ人の言葉で書かれた作品集。沼野さん曰く、マイナーな言語で書かれたローカルな作品こそ、実は世界文学に通じる、とのこと。ミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き』の原作『牛乳屋テヴィエ』を書いたショレム・アレイヘムの作品も、こちらに収録されています。

『世界イディッシュ短篇選』 西 成彦(岩波文庫)

『若き日の哀しみ』は、旧ユーゴの作家による抒情的な作品集。翻訳者の山崎佳代子はベオグラード在住で、本人も詩を書かれる文学者。文庫版解説は沼野さんがお書きになったそうです。

『若き日の哀しみ 』ダニロ・キシュ,山崎 佳代子訳(創元ライブラリ)

『亡命ロシア料理』は、二人の男性が故郷を懐かしみながらつづった文学的な料理エッセイ集で、レシピはとてもアバウト。沼野さんも共訳者の一人です。刊行から20年以上たった今も版を重ね、読み継がれています。

『亡命ロシア料理』P・ワイリ, A・ゲニス 沼野 充義 他訳(未知谷)

4.日本の越境文学3人衆

そして、沼野さんから、日本の越境文学の3人衆として、多和田葉子・リービ英雄・水村美苗をご紹介いただきました。

日本語とドイツ語の2つの言語で執筆する多和田葉子。昨年、全米図書賞(翻訳部門)を受賞したことで注目が集まりました。『カフカ ポケットマスターピース 01 』に収録された多和田版の『変身』は、タイトルを「変身」と漢字で書いてルビで「かわりみ」と読ませる、彼女ならではの訳。発売当時、毒虫を“ウンゲツィーファー”と原語のまま表記したことでも話題になりました。

『カフカ ポケットマスターピース 01 』多和田 葉子編(集英社ヘリテージ文庫)

多和田葉子のもう一冊はエッセイ集『エクソフォニー――母語の外へ出る旅』。エクソフォニーとは自分の母語の外に出た状態のこと。翻訳の重要性を説いており、つまり世界文学とは翻訳のことではないか、との沼野さんの解説。

『エクソフォニー――母語の外へ出る旅』多和田 葉子 (岩波現代文庫)

続く、リービ英雄の小説『模範郷』は、読売文学賞を受賞した傑作とのこと。リービ英雄はアメリカの大学教授を辞職して、日本に定住し、日本語の作家としてデビューした経歴の持ち主。少年時代を台湾の旧日本人街で過ごした「ぼく」が、故郷・模範郷を訪ねるというノンフィクション仕立ての作品です。

『模範郷』リービ 英雄 (集英社文庫)

リービ英雄のもう一冊は、『英語で読む万葉集』。彼の英訳した万葉集(The Ten Thousand Leaves)は、全米図書賞を受賞しています。
すぐれた古典は外国語でも味わえる、ここでも沼野さんの名言が飛び出しました。

『英語で読む万葉集』リービ 英雄 (岩波新書)

最後に水村美苗の日本語論をご紹介いただきました。単行本刊行当時にショッキングな内容で話題を呼んだ本です。普遍語としての英語が力を持つと、日本語のような国民言語はひょっとしたら意味がなくなるのではないか、今でも重要な問題提起をしている、と沼野さん。

『増補 日本語が亡びるとき: 英語の世紀の中で 』水村 美苗(ちくま文庫)

文芸書コーナーでは、『カヴァフィス全詩』『田原詩集』といった現代詩や、沼野さんと親交のあった、ドナルド・キーンさんや鼓直さんのエピソードを聴きながら、数々の本をご紹介いただき、最後に沼野さん翻訳の新刊『ナボコフ・コレクション 賜物 父の蝶』をもってツアーは終了。
ナボコフもまた、ロシア語・英語の二か国語で書いた作家でした。『賜物』は、ナボコフがロシア語で書いた最後の小説で、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』のように、モダニズム精神にあふれた難解な作品です。

『ナボコフ・コレクション 賜物 父の蝶』

終了後は、併設のブックカフェでお茶会です。それぞれの戦利品を見せ合ったり、沼野さんに「東欧のポップスについて」「ブルガリアの文学について」など、思い思いに突っ込んだ質問をしたり、楽しく語り合いました。
1時間で60冊以上の本をご紹介いただき、参加者14名で52冊を購入した第2回書店ツアー、気さくで温かい沼野さんのお人柄もあって、今回も大変充実した回となりました。

5.書店ツアーブックリスト(まとめ)

★は沼野さんのお買い上げ本です。
● 『三体』劉 慈欣 (早川書房)
『SFマガジン 2019年 08 月号三体と中国SF』 (早川書房) ★
●「須賀敦子全集」 (河出文庫)
『一九八四』ジョージ・オーウェル (河出文庫)
『時計仕掛けのオレンジ』アントニイ・バージェス (河出文庫)
『われら』ザミャーチン(集英社文庫)
『日英語表現辞典』最所 フミ (ちくま学芸文庫)
『日本文学史序説〈上〉』加藤 周一 (ちくま学芸文庫)
『チェルノブイリの祈り――未来の物語』スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ(岩波現代文庫)
『源氏物語』(岩波文庫)
『ソビエトデザイン 1950−1989』 (グラフィック社) ★
『わたしのいるところ 』ジュンパ・ラヒリ(新潮社)
『源氏物語 A・ウェイリー版1』毬矢 まりえ,森山 恵 訳(左右社)
『越境』東山 彰良 (ホーム社)
『夏物語』川上 未映子(文藝春秋)
●『どうする? どうなる? これからの「国語」教育: 大学入学共通テストと新学習指導要領をめぐる12の提言』紅野 謙介 (幻戯書房)
『「失われた時を求めて」の完読を求めて 「スワン家の方へ」精読』鹿島 茂(PHP研究所)★
『武満徹・音楽創造への旅』立花 隆(文藝春秋)
『スパイスカレーを作る-自分好みのカレーが作れるメソッド&テクニック-』水野 仁輔(パイインターナショナル)
『映画を聴きましょう』細野 晴臣 (キネマ旬報社) ★
『井上陽水英訳詞集』ロバート・キャンベル (講談社)
『東欧ブラックメタルガイドブック: ポーランド・チェコ・スロヴァキア・ハンガリーの暗黒音楽 』岡田 早由(パブリブ)
『東欧ブラックメタルガイドブック2: ウクライナ・ベラルーシ・バルト・バルカンの暗黒音楽 』岡田 早由(パブリブ)
『共産テクノ 東欧編』 四方 宏明(パブリブ)
『グルジア映画への旅 映画の王国ジョージアの人と文化をたずねて』はらだたけひで(未知谷)
『ジョージアの歴史建築;カフカースのキリスト教建築美術』ヴァフタング・ベリゼ(彩流社)
『ジョナス・メカス詩集』(書肆山田)
『ロシアの演劇教育』マイヤ・コバヒゼ(成文社)
『別れる理由』小島 信夫(小学館)
『ナポレオン 1 台頭篇』佐藤 賢一(集英社)
『我らが少女A』髙村 薫(毎日新聞出版) ★
『ある作家の夕刻-フィッツジェラルド後期作品集』村上 春樹 編訳(中央公論新社) ★
『本当の翻訳の話をしよう』村上 春樹,柴田 元幸(スイッチパブリッシング)
『世界イディッシュ短篇選』 西 成彦(岩波文庫)
『亡命ロシア料理』P・ワイリ, A・ゲニス 沼野 充義 他訳(未知谷)
『若き日の哀しみ 』ダニロ・キシュ,山崎 佳代子訳(創元ライブラリ)
『闇の奥』 ジョゼフ・コンラッド (光文社古典新訳文庫)
『エクソフォニー――母語の外へ出る旅』多和田 葉子 (岩波現代文庫)
『カフカ ポケットマスターピース 01 』多和田 葉子編(集英社文庫)
『増補 日本語が亡びるとき: 英語の世紀の中で 』水村 美苗(ちくま文庫)
『バイリンガルな日本語文学―多言語多文化のあいだ』郭 南燕(三元社)
『バイリンガルな夢と憂鬱』西 成彦(人文書院)
『外地巡礼』西 成彦(みすず書房)
『模範郷』リービ 英雄 (集英社文庫)
『源氏物語 上 (池澤夏樹 個人編集 日本文学全集04)』 角田 光代 現代語訳(河出書房新社)
『子供より古書が大事と思いたい』鹿島 茂(青土社)
『虫の文学誌』奥本 大三郎(小学館) ★
「川上未映子 責任編集 早稲田文学女性号」早稲田文学会(筑摩書房)
『ドナルド・キーンのオペラへようこそ! われらが人生の歓び』(文藝春秋)
『果てしなく美しい日本』 ドナルド・キーン(講談社学術文庫)
『随筆 万葉集: 万葉の女性と恋の歌 (第一巻)』中西進(作品社) ★
『英語で読む万葉集』リービ 英雄 (岩波新書)
『カヴァフィス全詩』池澤 夏樹訳(書肆山田)
『北島詩集』北 島(ペイ・タオ),是永 駿訳(書肆山田)
『田原詩集』田原(デンゲン)(思潮社 現代詩文庫)
『名句の所以 近現代俳句をじっくり読む』小澤 實(毎日新聞出版)
『純真なエレンディラと邪悪な祖母の信じがたくも痛ましい物語: ガルシア=マルケス中短篇傑作選』野谷 文昭訳(河出書房新社)
『百年の孤独』ガルシア=マルケス、鼓 直訳(新潮社)
『黒い豚の毛、白い豚の毛: 自選短篇集』閻連科(えんれんか), 谷川 毅訳 (河出書房新社)
『七つの殺人に関する簡潔な記録』マーロン・ジェイムズ,旦 敬介訳 (河出書房新社)
『ナボコフ・コレクション 賜物 父の蝶』ウラジーミル・ナボコフ,沼野 充義 他訳(新潮社)

【第1回イベントレポート】

【「ALL REVIEWS 友の会」とは】
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友の会会員同士の交流は、FacebookグループやSlackで、また、Twitter/noteで、会員有志が読書好きにうれしい情報を日々発信しています。
今回の書評家と行く書店ツアーも、友の会会員の企画によるものです。他にも会員の立案企画として、フランスのコミック<バンド・デシネ>をテーマとしたレアなトークイベントや、関西エリアでの出張イベント等が、続々と実現しています。リアルでの交流スペースの創出や、出版の構想も。
本が読まれない時代を嘆くだけでは満足しない方、ぜひご参加ください!


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