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眠れない夜の話

 子供が中々寝付けない様子を見て、自分も幼い頃にこういう経験がしょっちゅうあったなあと思う。
たぶん昼寝をしてしまったり、興奮した状態のまま布団に入ってしまって頭が覚醒状態なものだから、スムーズに睡眠状態に移行できないのだろう。普段は自然に瞼が重くなり、次第に思考が支離滅裂になって、そんな混乱した思考の連なりが「夢の世界」へと誘ってくれる。しかし、眠れない夜はそれがうまく繋がらない。焦れば焦るほど目は冴えてきて、部屋は重い空気で満たされる。息をするのも苦しくなる。
そう、実際眠れない夜は息が苦しかった。

 普段は「どうやって呼吸しているか」なんて考えない。でも眠れない夜は「あれ?息って普段どうやって吸い込んでたっけ?」なんて考え始める。
考え始めると人間というものはますますそのやり方が分からなくなるものだ。「何だかもっとゆっくりしていた気がする」「もっと軽く吸ったり吐いたりしていた気がする」
そんなふうに気にすれば気にするほど、普段の自分というものが分からなくなって、息苦しさに睡眠どころではなくなる。

 眠れない夜は、照明を落とした暗い部屋がいつもと違って見える。まるで解像度の低いブラウン管テレビのように、粒子が荒く、普段慣れ親しんだ部屋がやけに威圧的で攻撃的に見えてくる。それでも次第に眠気はやってくる。いつも眠りに入る時に体験するような思考状態に近づいてくる。それはまるで天井から垂れ下がる一本のロープをたぐるようである。このロープを登れば「夢の世界」へ通じる。しかし、「あっ、これが夢の世界への入り口だ!」そう思った途端、ロープは手からスルリと抜けて、現実に戻されてしまう。眠りの入口はすぐ目の前だったのに。またゼロからやり直さなければならない。そんな時は徒労を感じずにはいられない。

 今度こそ上手くやる。夢に通じるロープをうまく掴んでも、それがどこへ通じるかなんて考えない。僕はそれがどこへ繋がるか知っているが、眠りに落ちる時の僕はいつもそれがどこへ通じるか知らない。知っているとそこへは決して辿り着けない。夢の国に辿り着くのにコツはない。コツを忘れたとき、私はそこにいるのだ。


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