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地獄村の村長に就任した

 私はリーダーには向かない人間です。すなわちリーダーに向かない人間とは、この私です。

 周囲の人もおそらくそう思っているはずです。リーダーに必要な素質をことごとく欠いたような人で、おまけに声が小さい。

 そんな私がとある研修の場でチームリーダーを務めることになりました。絶望的ですが、もう村長の苦悩とリーダーシップがない人間が村長になった村の末路とを書き残してやろうという意思だけが辛うじて私に前を向かせております。そうして、これを執筆をしているわけです。

 その研修には15名ほどの参加者がおり、その15名がランダム(かどうかは定かではないが)に5名×3チームに振り分けされておりました。各チームにまず与えられた課題はチームリーダーの選出でした。

 たとえばこれが入社試験の一部であったとすれば「僭越ながら私が仕切らせていただいても宜しいでしょうか」という内定に目のくらんだ、いえ、就職に対する意思を強く持った人間が1人くらいは現れるものです。

 しかしこれは残念ながら入社試験でも入社後研修でも何でもありませんでした。活躍を第三者から高く評価されることによるメリットは極めて少ない状況であったと言えます。

 そして私達の村は他の村と比較して明らかに控え目で大人しい村人の集まりでした。15名を物静かな順に並べ上から5名で組んだかのようなチームです。

 この中から村長を選ぶ困難さを村人の誰もが感じていました。それと同時に、全員の"自分だけは絶対に村長にはならない"という強い決意により緊張感のある場が出来上がりました。
 そこから各々、村長になるべき他人の推薦と、自身がいかに村長に向かないかを主張する地獄のバトルが繰り広げられました。

 気がつくと村人の過半数が私を推薦する状況となっておりました。
 リーダーシップがない人が集まったのであれば他の基準でリーダーに相応しい人間を選定しなければなりません。
 私は真面目な性格なので、事前に行われていたペーパーテストで大変良い成績をおさめており、公表こそされないもののメンバー同士は誰が成績が良いのかを何となく把握していたのです。それで、成績を理由にリーダーに推薦されていたのでした。

 人間が5人も集まれば私が一番リーダーに相応しいなど通常あり得ませんが、私自身もこの場ではそれ以外の最適解は見つからないように感じておりました。
 何より目の前で繰り広げられる地獄のバトルにそれ以上耐えきれず、この村の村長を引き受けることになったのです。

 かくして、リーダーシップのない声の小さな村長の治める地獄村が爆誕しました。

 次の課題はチームで製品を完成させるというものでした。途中まで作られているものを、協力して完成させるといった内容です。

 声の小さなリーダーシップのない地獄村の村長は、責任回避型の村人達にどうやって意識的に課題に取り組んでもらうかを懸命に考えました。
 とにかく意見を出してもらいたいので、村長がどんどん間違えるということをやってみました。
 というより私自身が只のペーパーテスト得意村長であっただけで、真に理解の深い村長ではなかったため普通にやるだけで色々間違えました。とにかく沈黙する事により村の動きを止めたくなかったのでどんどん考えを発言しました。

 その結果、地獄村は極端に心理的安全性の高い村へと変貌を遂げました。村人達も色々と意見を出しどんなものであっても全て試してみるという方法で、少しずつ良い方向にまわり始めました。
 みんなあんまりわかってない、という状況が妙な一体感を生み出し、時に笑い声が交差し空には虹がかかり水面はキラキラと輝き白い鳩の群れが飛び立ち地獄村に平和が訪れたのです。

 私は今までリーダーになった事がなかった、しかしこの経験によりリーダーにもなれる自分の新しい一面を発見した、というより、心理的安全性の重要性を学びました、というより何より、リーダーの孤独というものを身をもって知ったのです。
 よく"経営者とは孤独なものだ"とか言われますが、重さは違えどチームを良い方向に持っていかなくてはならない責務を負う立場の孤独とは、こういう事なのだと理解しました。

 私はおそらく今後も積極的にリーダーとなることはないでしょう。通常もっと相応しい人間がチームにはいるはずです。それに声も小さいし。
 しかし村人Aの立場からその孤独なリーダーを助け、そのリーダーの必要としている役割を今までよりもうまく務める事ができると思います。

 リーダーになったことでリーダー補佐力が向上したという話、じつはこの研修はまだ終わっていないので、この続きはまた次回書くかもしれませんし、特筆すべき事態や発見がなければ書かないかもしれません。

 果たして、(元)地獄村の製品は無事完成するのでしょうか…

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