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【千字掌編】土曜日には線香花火を……。(土曜日の夜には……。#09)

 涼花は土曜日の仕事の後にはいつも山の展望台に来て夜景を眺めていた。人の営みがわかる灯り。そこに交われない自分がいつもそこにいた。
 そして、今日も見に来ると先客がいた。少し背中に哀愁を漂わせた男性がスーツ姿で夜景を眺めていた。
 涼花は一瞬帰ろうかと思ったが、何故か車を降りて夜景を見に展望台の所まで歩いた。
「やぁ。やっと来たね」
「え?」

 こんな人知り合いにいたかしら?

「いつも私が来る前に帰るからどんな女性か会ってみたかったんだ。あ、私は鈴木涼真。涼しいに、真実の真と書いてそう読むんだよ」
 あら、と涼花は声をだした。
「私の名前、涼花も涼しいに花と書くんです」

 なんだか不思議ね。夏の言葉を持っている二人、なんて。

 歳時記には夏の季語として「涼し」とある。昔、どうやって名前を決めたか親に聞いたときそんな話を聞いたような気がする。「涼し」は「夜涼」とう傍題もある。まさにこの展望台の空気は下界の暑さより涼しかった。まさに「夜涼」だ。そこに同じ字を持つ男女。なにかが起きるような気が涼花はしていた。
 だが。素知らぬ顔をして夜景を見つめる。
 いつも、あの下界であくせくと働いているのが自分だ。自分の幸せも何もかもどこかに置いてしまってただ、流れていく日々。
 土曜日だけ、ここに来て自分を取り戻していた。
「今度、線香花火もってくるから、一緒にしない?」
 涼真がぽっと言う。涼花がすかさず突っ込む。
「防災のバケツもいりますよ。この山の上でできます?」
「ポリタンクにでも水を入れて持ってくればいいさ」
「帰り道、その水をまたポリタンクにいれるんですか?」
 流石にそれはできないだろうと突っ込んだが、気の利いた答えが返ってきた。
「漏斗を持ってくるからゴミを取り除いて君が手伝ってくれればできるよ」
「はいはい。どうあっても線香花火がしたいんですね。他の花火はしないんですか?」
「そんなに派手にしてたら出禁になるからね。妥当なところで線香花火なんだ」
「なるほど」
 にまっとしてしまう。ここは若い子達も来る。その時に大騒ぎして事前禁止項目もある。車の影に隠れて線香花火ぐらいは大丈夫だろう。
「策士ですね。涼真さん」
「だろ?」
 なんだか涼真がいる片側が温かった。人の熱で熱いというのではなく、ほっこりできた。「涼」を感じながら。
 秘密を互いに持ったわくわく感もある。いろいろな質感の感情が涼花の疲れた心を満たしていた。
「じゃ、今夜はもう少しこの夜景を見ていようか」
「そうですね」

 今夜もいつもの夜景が綺麗だ。だが、いつにも増してそう見えるのは気のせいだろうか。
「いつもより綺麗に見せませんか?」
「言われてみればそうだね。君がいてくれるからかな?」
「褒めても何も出ませんからねー」
「いいよ。君が笑顔だったら。いつも気にしてたんだ。車の横顔がすこし陰っていたから。あまり灯りがなくて見えてなかったけれど。こうして話してみてよかった。今はそんな表情がないから」
「ま」

 気にかけてもらえたことがなんだか嬉しい。こんなやりとりがこれからこの夜景とともに続いていくのだろうか。夜景はいつもより煌めいて見えた。


あとがき

夜景を主にと書いていたのに、線香花火やら「涼」がでてきて季語シリーズミニになってしまいました。ネオンライトが季語でないかなーと思って歳時記を見てみたのですが、なくて。でも名前に涼をつけてみようとしたらこんなにトントン拍子でかき上げるとは。線香花火も思いつきで調べればしっかり傍題。手持ち花火は派手なのでしっとりと線香花火。昔、小さな展望台に行っていたことを思い出しました。夜ではなかったけれど。懐かしい父との思い出です。題名も最初は「土曜日には夜景を……」だったのに線香花火に取られました。既婚者かどうかの突っ込みを入れようかと思ったのですが(実際には確認必要ですよね)やぶ蛇なので辞めておきました。手を見ればわかるときもあるし。
あくまでも架空のお話です。久しぶりに現実を書いた。ここのところファンタジーの世界にどっぷり浸かっていました。現代物ってなかなか書けないですよねー。向いてないとしっかりある方から言われました。主にはファンタジー書いてるんですと言えばそっちにしておけ、と。無理に現代物を書く必要はないと。無理してなくて普通、現代物が書けてからファンタジーだろうと思うのでそうしてたんですが。現代ファンタジーはまだましなんですがね。季語シリーズのように現代恋愛は難しいです。でも第二部の構想を練っています。「梅」という季語で始まる話を書きたいんです。一応、俳句から離れているためまだ再開の目処は立たないのですが。ただ、季語を見るのは好きです。俳句好きの方がお友達になって頂ければ嬉しいです。

ここまで読んで下さってありがとうございました。

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