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【再掲載小説】恋愛ファンタジー小説:ユメという名の姫君の物語 第二十二話-ユメ-サクラ散る

前話

「サクラ、もうすぐ終わるわね……」
 満開だったサクラの花弁ははらはらと風に飛ばされ見事だった。それが数日前。もう咲いている花も少ない。残念そうに見る私にタイガーが指を指す。
「見てごらん。あの枝にはもう葉が芽吹いている。こんなサクラをハザクラと言うんだよ」
「ハザクラ?」
 よく見ると青々とした若葉が育っている。
「これからサクラは木になるのね。生まれ変わるのね」
 花の命を散らし、葉の命を芽吹かせている私には死と再生が始まったのだ、と感じた。どこからきた考えなのかもわからないけれど。それに対してタイガーは違う、という。
「どういうこと?」
「サクラは花を咲かせ葉を伸ばし、葉を落として、また春に花を咲かせる。サクラという木の命は終わってないんだよ。育っているんだ。ああして若木のサクラも古木のサクラもどんどん成長していくんだ。決して終わりじゃないよ。俺たちみたいに、ね」
「私とタイガーも成長していけるの? 恋ができるの? 愛に育つの?」
 私はもやもやとしていた気持ちをぶつける。
「もちろん。夫と妻としても、家族としても育っていけるよ。こんなに素敵な姫と結婚できるんだから」
「最初は嫌がっていたくせに」
「君もだろ。父君が最近通話してきてない? 君の通話履歴が大変なだけど」
 大変どころか異常とも言える回数だ。毎夜毎夜、ユメ、どうだ? と連絡を入れてくる。そしてその目はうるうるしている。安心していると言ってても目がもう帰ってきてくれと訴えてる。よほど、寂しいらしい。お母様が昔はあなたが後ろを着いて歩いていたのよと聞いて父親っ子だったと知った。父はその後ろを着いて歩いていた娘を手放すのが相当寂しいらしい。結婚して新婚生活もろくに送れないほど通話してくるのでは、と思うほど。
「父には近いうちに帰るように言うわ。このサクラの成長を見ていたいけれど、そう長居は出来ないものね」
「結婚すれば、この部屋を君の部屋にすればいい。いつでもサクラとふれあえる。君にはあまり『ユメ』姫になってもらったら困るんだけどね」
 え? と私はタイガーを見た。
「俺はシャルロッテとして生きている君が好きなんだ。自由で少し乙女チックで真面目な君が、ね。『ユメ』姫は俺には遠すぎる。サクラと意思疎通が図れる姫なんてそういないよ」
「意思疎通ってそう感じただけよ」
「それでも君はこのサクラから学びを得ている。人生の学びを。命という学びを。俺には眩しい限りだ。もっと子供な君の方が好きだな」
 そう言って「ちゅー」と言ってくる。だけど相変わらずの妨害で止まる。私の膝で寝ていたアビーが起き上がって背伸びをする。それに阻まれてタイガーの唇はアビーとぶつかることとなった。
「アビー!」
 タイガーが文句を言うけれど、さもありなん、と言った体で膝から飛び降りるとリードをくわえてやってくる。
「はいはい。アビー様。散歩ですね」
 タイガーは自分が取り上げた子猫だった猫を散歩に連れ出そうとする。
「ちょっと! 私を置いていくの?」
 いや、と答えが返ってくる。
「適度な服装に着替えてくるのを扉の向こうで待ってるから。これからの季節はサクラよりバラも綺麗だよ」
「この王宮にはどれだけ花があるのよ!」
「それは見てのお楽しみ」
 こうした軽口を叩いて言い合う時間が好きだった。この時間ももうすぐ帰国すればなくなる。こぼれ落ちていく初恋を私達は味わっていた。いえ、私の初恋はお父様だったかもしれない。だから実らない。そして次の恋は実る。そう感じていた。恋が愛に変わるのは何時になるかしらね、とサクラに視線をやって着替え始めたのだった。

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