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【千字掌編】土曜の夜にはカクテルを……。(土曜の夜には……。#05)

 あの人に出会ったのはちょうど土曜日の夜だった。
「心優。心優じゃないか。元気だったか?」
 急に声をかけられて振り向くと元彼が立っていた。
「近所に感じの良いバーがあるんだ。一緒に飲まないか?」
「その気はないわよ」
「わかっている。俺には嫁さんも子供もいるしな」
「って、バーで遊んでていいの?」
 元彼に家庭があると知って動揺したことを隠すように明るく私は言う。
「たまには息抜き」
 相変わらず、責任感のない事。別れた理由もそれだった。余りにも軽薄すぎてついて行けなくなったのだ。ただ、そんな人にも家庭があるとは知らなかった。世の中は奇妙に回っているらしい。
「旦那と子供ねぇ。遠い世界だわ」
 一緒に歩きながらふっと言う。
「まだ、仕事人間なのか?」
「悪かったわね。仕事が恋人よ。忠実な」
「それを言われるとキツいな。嫁さんも仕事ちゃんとするのよ、って毎朝言うからな」
「それで、仕事には行ってるの?」
 ああ、短く答えが返ってきた。本気の嫁さんゲットだったんだ。不思議と思う。この人のためならお金を稼いで渡してもいい、とそう思える人がこの人にもいた。私にもいるのかしら? そう言っている間にバーに着く。
 人気の店らしく、結構客が入っている。
「俺、ジンソーダ。こっちはカシスオレンジ」
「よく覚えていたわね」
「それしか飲んでないからな」
「そっか」
 言葉少なく答えて、私の周りの人間査定に入る。脱落していく男ばかり。会社にはそう思える男性はいなかった。そこへ、聞き覚えのある声がかかった。
「田中さんじゃないか。彼氏とデート?」
「一君。珍しいわね。一人で?」
「ああ。土曜日の夜には必ず来るんだ。田中さんも?」
「初陣よ。こっちは元彼。もう家庭があるのに飲んでるのよ」
「へぇ~。イケメンの元彼だね。じゃ、俺は一人で飲んでるわ」
 少し離れた席に山田一という実にシンプルな名前の持ち主は座る。改めて見ると実に家庭的な雰囲気を持っている。でも、一人でバーに来るなんてイメージが真逆。と、品定めしていると元彼がささやく。
「惚れちゃったの?」
「うるさい! 余計な事しないで」
 少しきつめに言う。そうでもしないとあの山田一とくっつけようとするだろう。昔から軽薄なのにお節介焼きなのだ。
「そっか。じゃ、俺帰るわ。子供に絵本読む約束があるんで」
 営業行ってきます、のノリで元彼は消えた。山田一と目が合う。
「一緒に飲む?」
「ええ」
 きっと、あのカクテルには元彼が媚薬でも入れたに違いない。これが、実にシンプルな名前の持ち主と一生涯を共にする最初のカクテルだった。

 土曜日の夜には媚薬の入ったカクテルを……。
 土曜日の神様も元彼と結託していたに違いなかった。



あとがき

土曜日ということで金曜日の夜に書いておいた作品を投下します。また、バーの出番。夜というとそういう所がでるんですね。バーを主軸にした方がいいんでしょうか。そしてキーワード探しにここのAIさんに聞いてみたのですが、前回のようにキーワードは降りず、断片的な部分をあげてのほぼ、自分の指の赴くままに書いた話になりました。ChatGPTで聞いたんだろうか?
ここのような気がするんですが。まぁ、ここのAIさんが役に立たないと言うことで、自力執筆に入ってます。昨日は映画を見ながら「影の騎士真珠の姫」を打っていたら2000字近くになりまして、かと言って割れず、字数を少し省略しての決着でした。今日は野球中継がある。ので、夜中になんらかのファンタジー投下かもしれません。現代物は常に習作状態です。でも、集まったらKindle本にします。遠い道のりですが。千字を二万五千字ってどんだけ書くんだ?という状態でして。あ、題名つけ忘れてた。つけて投下します。


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