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忌むべきもの

憎み嫌うべきものはない なくはない、あるべきでもない 世の常に浮かぶ有象無象のひと泡くらい お釈迦さまにでもくれてやればよいのだ かの方であれば、そこいらに摘んで飾っておいて、そのうちに腐り果てたものを優しく吹いて飛ばすだろう おまえの価値はおまえが持て その忌、その厭に割いた欲情で おまえの友を愛せよ

    • 謝辞

      黄身に箸を押し付けてぷっつりと決壊したかのような、とろやかで愛しい、少しアクのある恋をしよう。 松葉風に祖父の竹蜻蛉を思い出したあの日のような、遠い記憶の分岐点で沈んでいる、セピアを絡めたわたしのわたしの愛し子よ。 ささくれよりも、枝毛よりも、割れた踵のどのヒビよりもぬるく突き刺さる、 愛を思い出させてくれてありがとう。 破れてしまったカーディガンの隙間から覗いていたかのこ編みの根元へと、 わたしを編み込んでくれてありがとう。 欲しかったのは、和紙に垂れた墨汁の染みだ。 紐

      • 錦雲

        青さを輝きと思い違っていた頃に よく貝殻へ恋を説いたものだ 口付け、肌音、 酔い患いのあれやそれを 後生大事に抱える側で からからと鳴く野の花へ 嘯くように憧れた 二十の秋 腹をぎっちり満たすのではなく ちまちまとつまみ食うものだと 日々に鍵をかけるのではなく 瞬きに寄り添うものだと 踵に意地を張るのではなく 爪先が軽やかなものだと それだけでよいのだと それだけでよかったのだと 割れた貝殻を拾いながら 指先を吸った すこし しおからかった

        • プリムラの息付く頃に

           ぬりたくられたペンキが  組み敷いた腕の中へと入ってきた  身をよじってふりかえると  をごめく、冬  きたいみたいなぼくの快感は  突如みみたぶに口付をして  にこり、  と、微笑む  見えた白い歯は一本多くて  とおりすがるスイッチの点滅音がよく似合った  甘さは  向こう数年の凝結をゆっくりとく  ¥198の安っぽいイヤホンで蓋をしていた  ぼくの瞳孔を塗れさせ  八十八の静寂         ──と、ばかり  今日もグラスを手にしたぼくの足元には  石英のきみが

        忌むべきもの

          第18回「文芸思潮」現代詩賞入選 幸せとは 割り切りと 己の信じるものを守った、その先にあるのである

          祈り

          第18回「文芸思潮」現代詩賞入選 こめかみが温く疼く 知っているけれど忘れさせた感覚 忘れようと努力した感覚 月がいるのです そばに 月がいるのです ぼんやりと 月がいるのです たしかに こめかみから脈拍は徐々に全身へと どくりどくりと 聞こえない音を立てて 首筋 胸元 臍 股間 膝裏 爪先を通って 最後に口先に熱を伝えました 私は月を一口食べました そしてそのまま空へ返しました 今宵は満月めいた歪な三日月 月が、いるのです

          桃色の挨拶

          第18回「文芸思潮」現代詩賞入選 わたしの歌は 悲(かな)しいものです 哀(かな)しいものです 愛(かな)しいものです かなしいけれど かなしいのです 今日のあなたの「かなしみ」に 今日も今日とて こんばんは

          桃色の挨拶

          Andante(♩=72)

          1. 私は歌を愛していますが 歌は私を愛することなく 私は貴方を愛していますが 貴方と私は愛を知らず 私は人を愛していますが 人に私は愛しかたを問われません 2. 私は赤に焦がれていますが 赤は私を青だと言います 私は青に語りかけますが 青は私を灰色だと言い 私は灰色に縋りますが 灰色は私を透明という 透明に尋ねました 「わたしは なにいろです か」 透明は答えました 『あなたは あかいろ』 おてあげ、 堂々巡りです サインポールにでもなれというのでしょうか 私は

          Andante(♩=72)

          君はカマドウマの脚だ。

          カマドウマの脚を数える。 ひい、ふう、みい、よ。 …なに、大した意味はない。 私が寝ている間にやってきた彼を、 無意識に指で弾き飛ばしてしまったので。 申し訳程度に彼の脚を数えている。 彼の脚は一本折れていた。 彼の目は案外つぶらであった。 非難がましく見えてしまい、 私は彼から目を背けた。 扇風機の風に裾が揺れる。 柄にもない、洒落たオリーブ色のワンピースは、 色気ないTシャツと何やらお喋りをしている。 ぶうたれた扇風機は、黙って首を振っていた。 思えば、これは誰のた

          君はカマドウマの脚だ。

          朝の囀り

          鳥が囀るのではない 朝が歪(ひず)んでいる

          朝の囀り

          怪談噺:檸檬

          高く高く本を積み上げ その上に檸檬を一つ 薄汚い古い塔の先に レモンイエローの爆弾が一つ 悪戯心に作ってみたが なるほど、 中々に 愉快だな 背徳に孕む羽虫の影に 店を後にした私の背には 翅が生えていたことだろう 得体の知れない焦燥が 心を押さえつけるように 私は 羽化をしたのだね

          怪談噺:檸檬

          肖像

          私は雨を浴びているんです 私はそれを、閉じて見上げた瞼に当たった“なにか”の感触で気が付きます 瞼を中心に、見えないはずの瞳に、ケミカルライトに似たどうもパッとしない光が点滅しました そしてすぐに消えてしまいました もちろん、今の私に光はわかりませんのですけれども 私の肌は黙秘に徹しているので冷たさも温かさも感じ取れませんがええ . , おそらく 雨の雫でしょう 視認したわけではないからわからないけれど少なくとも雨のような “上から下に降っていく液体のようなものである” そ