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◆色のない部屋◆

休みの前夜は、いつも、
終電で向かうのがお決まりだった。

駒沢大学駅。

いつも、少し遅れて来る。
いつも、改札の出口で待ちぼうける。

携帯が鳴って、いつもの、彼の声。
顔を上げると、いつもの、自転車と、彼。

駒沢公園のサイクリングロードが、近道だった。
深夜の二人乗り。
くだらない話をひたすらに、笑い合った。
私は細身な彼の、意外にたくましい肩に手を添わせて、
いつも通りのその時間が、ただ、ただ幸せだった。

閑静な住宅街の、
テラスハウスの一室が、彼の部屋だった。

彼の部屋に行くのは大抵夜中だったから
正直、外観についてははっきりしないのだけれど、
逆に、内側のことは鮮明に覚えている。

縦長のシンプルな造りの部屋で、
柔らかな白がベースの内装。
インテリアも白とグレーで統一されていて、
住居空間には珍しい、昼光色の照明。

大きな出窓の横に、真っ白なシングルベッド。

印象的だったのは、
入口の扉からすぐの、
開放された部屋の壁のど真ん中に立て掛けられた大きな鏡と、
その前に置かれた、木製の白い椅子。

一緒にいた期間、
彼は、度々そこに私を座らせ、私の髪を切った。

そして、
時に、こんなことも言った。

「脱いで。」

その言葉を合図に、
私は鏡の前で全裸になり、椅子に腰をかけて、
黙って彼に髪を切られたものだった。

初めてそう言われた日は驚いたりもしたが、
不思議なもので、
全裸であることへの恥ずかしさやためらいはあまり無く、
それよりも、

露わな姿で"髪を切られている"自分

への恍惚の方が、ずっと、優っていた。
彼も、言葉にはしなかったけれど
それを感じ取っていたからこそ幾度となく私を脱がせ、
鏡の前に座らせたのだと思う。

"普通"じゃないことも、
一緒にいるうちに"普通"になり、
いつしか、それが"いつも"になり、
"日常"の一部になる。

夜の静寂に響くハサミの音も、
この時ばかりは、やけに艷めいて聞こえた。

髪を切り終えると、
彼は決まって私を求め、激しく抱いた。
私は、床に散らばる、
落とされたかつての自分の欠片たちを肌で感じながら、
私の中で何度も果てる彼が、ただ、ただ愛おしかった。

結局、彼とは数ヶ月続いた後に
些細な口論で喧嘩別れになり、連絡を取らなくなった。
半年が過ぎた頃、何とはなしに
当時、彼が勤めていたヘアサロンを訪れたが、
彼は、すでに退職した後だった。

しかしながら、
数年後に東京を去るまでの間、私はそのサロンに通い続けた。

理由は、特に、ない。

◆◆◆◆◆◆

私の"千一夜物語" 第二話。

大学を卒業し、上京仕立ての春に知り合った
ヘアメイクの彼との、"いつも"の夜のお話。

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