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"うつし世の挽歌"Cindy Lee(シンディ・リー)『Diamond Jubilee』レビュー

・総評


長い活動期間の中で音楽家の創造性が極地に到達する瞬間がある、"神懸かる"とも表現されるように時として模倣不可能な唯一無二のサウンドをこの世に創り出します。
幸運なことに音楽作品では、奇跡の瞬間はアルバムとしてパッケージングされ私達も才能の一端に触れることができますね、近年ではFiona Appleが2020年にリリースした『Fetch the Bolt Cutters』でこの域に足を踏み入れています。
そして今年2024年、カナダ/カルガリー出身のミュージシャンPatrick Flegelによるソロ・プロジェクトCindy Leeもこの領域に足を踏み入れました、リリースされたニューアルバムにして最終作との噂も囁かれる『Diamond Jubilee』は、音楽史に刻まれる名盤だという評価も大袈裟ではないと思います。

リリースしたスタジオ・アルバムは2枚、僅か5年という短い活動期間でありながらカルト的人気と高い評価を博したカナダ/カルガリーのインディ・ロックバンドWomen、そのバンドのヴォーカリストであったPatrick Flegelが解散後に始動させたソロ・プロジェクトがCindy Leeです、これまでもThe Velvet Underground直系のアンダーグラウンドなノイズ・ロックを基調にサウンドを発展させていましたが、そこから更に歩みを進め通算7作目となる『Diamond Jubilee』では60s〜70sアメリカン・ポップへの弛まぬ情景が詰め込まれています。

その歌声を一聴すれば、Mary WeissKaren Carpenter, Nancy Sinatraを始め往年のガール・グループ/ポップ・シンガー達の姿が走馬灯のように頭の中を次々と駆け巡りますし、美しいサンシャイン・ポップから猥雑なグラム・ロック、幽玄なフォーク・ミュージックと陽炎のように揺蕩う淡いエレクトロニカ、そして郷愁を感じさせるサイケデリアまで広大な音楽ジャンルの統一と、細部に至るまで凝った趣向は凄まじいまでの信念を窺い知ることができ、The ByrdsとGary Usherによって60s後半に創り出された音楽的実験の最高峰『The Notorious Byrd Brothers』に匹敵します。

また、意図的に意識された"古典的"なサウンドはThe Caretakerも認知症の進行をテーマにした音楽作品『Everywhere at the End of Time』シリーズで見事に打ち出していましたが、Patrick Flegelが鳴らすギターのトーンからは2000年代後半から10年代前半に注目を集めたインディ・バンドであるDirty Beaches, Deerhunter, Girlsとの同時代生、ローファイな質感は90sにリリースされたGuided by Voicesの諸作からの影響を少なからず感じさせますし、ジャンルだけでなく時代による録音の質感もシームレスに横断する点も作品の全貌を掴ませません。

個人的には全編を通してサウンド・プロダクションが特異だと思っています、まるで霧の壁が何重にも重なっている"ローファイ・ウォールオブ・サウンド"とも形容できる音色は不思議で、歌声は酷く朧げなのに対して各楽器の輪郭が鮮明に鳴り響く瞬間もあり不気味さを増していますね、荒廃としていながらどこか荘厳にも感じるサウンド・スケープは、似ている作品やそれっぽい音は創り出せても模倣不可能でしょうね。

暖かいベッドルームとは程遠い、何処か人知れず存在している地下室で秘密裏に録音された音源がラジオから漏れ聞こえてくるような孤高な怪しさを感じます、クレジットを確認する限り今作では同郷カナダの音楽グループFreak Heat WavesSteven Lindが参加していますが、作詞/作曲は勿論ほぼ全てのプロダクションをPatrick Flegelが1人で務めているのも驚かされました。

今作はランキング・チャートでの抗争や資本主義自体を敢えて避けるように、ストリーミング・サービスでの配信は疎かBandcampなどのプラットフォームで購入も出来ず、YouTubeでの視聴かGeoCitiesからフリーダウンロードするしかありません、インタビューも行わず予定されていたツアーもキャンセルされた中では意図を推測することしか出来ませんが、最終曲"24/7 Heaven"では最早歌声も無くなり、まるで舞台から演者は消えたように演奏もブツ切りで強制的に終了しアルバムは幕を閉じます、2時間32曲の大作にも拘らずラストまで聴き入ってしまいました、Cindy Lee名義での最終作と噂されるのも納得のクオリティと幕引きです。

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