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さまよえるオランダ人とプリティーウーマンとトスカ。やっぱり男は女に救ってもらいたい?

「一緒にオペラに行くのって何年ぶりだろう」
「コロナ流行前に見たフィガロの結婚以来かなあ」

久しぶりに妻とオペラに行った。ワーグナーの「さまよえるオランダ人」だ。暗くなった満席のクイーンエリザベス劇場に序曲が重く響きわたる。

ノルウェーの沖合。嵐を避けようと家族がいる港に向かう船長ダラントは幽霊船を発見する。幽霊船の船長のオランダ人は、いつの間にかダラントの船に移って「呪いで7年に一度だけ上陸できるが、乙女の愛を受けなければ永遠に彷徨い続ける」と言う。さらにダラントに財宝を見せて娘をくれと言う。ダラントは娘ゼンタを嫁にやると決める。

1幕が終わりロビーに出てきて妻が言った。
「酷い話だねえ。どうやって幽霊船から乗り移ってくるのか全くわからない。お化けだからいいのか?」
「ダラントは財宝に目が眩んで娘を売り飛ばしている。そもそも乙女の愛って何だよ。財宝と引き換えてもいいものなの?」

オペラの話は納得がいかないものが多いが、ベルが鳴って続きが始まった。

ゼンタは不幸な人を救うのが私の運命だと、何故かオランダ人と出会う前から信じている。さらにゼンタにはエリックという男に慕われている。旅から戻った父からゼンタはオランダ人と結婚を決めて来たと告げられて、素直にそれを受け入れる。ついに港にオランダ人があらわれるが、ゼンタとエリックが会っているところを見て、オランダ人は「裏切られた、また7年間さまよう」といって去っていく。ゼンタは純愛を証明するためにピストル自殺する。

「やっぱりむちゃくちゃなストーリーだと思うよ。しかも今回のは救いの無いバージョンで、ゼンタが死んで音楽もそこでおしまい」
「私が昔見たのは救いのあるバージョンだったよ。今回はピストル自殺だったけど、その時は最後に崖から飛び降りて、ゼンタの純愛が証明されて、オランダ人とゼンタは昇天していく。ゼンタが死んでしまうのは同じだけど」
いずれにしても、私達の日常の感覚からは理解しづらい。

当時のワーグナーの感覚はどうだったんだろう。ワーグナーは「さまよえるオランダ人」の前に二つのオペラをつくっている。ひとつは喜劇のイタリア風オペラ「恋愛禁制」、もうひとつはフランス風の歴史オペラ「リエンツイ」。でも、どちらも自分がやりたいことが違うと感じていたらしい。そしてこの二つは今ではあまり上演されない。

それでワーグナーはより人間的なオペラを作りたいと考えたのがこの作品。ワーグナーらしい作品の1番目が「さまよえるオランダ人」ともいえる。

これも現代の感覚と違うのだけれど、主人公のオランダ人は世界を切り開くパイオニア的な存在を象徴していて、例えばコロンブスみたいな大冒険家が世界の未知の領域に達しようとすると、そこは神々の領域だから神から罰せられて世界をさまようことになる。そして、そこから救い出すのが純粋な乙女。ワーグナーはそんなストーリーを信じていたところがある。
だからこの後の彼のオペラでも超人的な人間とそれを救う純粋な乙女というのが繰り返される。どうもワーグナーにとってはこれが人間的なテーマだったらしいのだ。

今の感覚でいうと、男にとって都合がよいことばかりで反感を覚える人も多いと思う。作曲家として、新しい領域の音楽を作ると、だれかに癒されたいという心理だったのか。そんな芸術家肌の人は今でもいるような気がする。

「さまよえるオランダ人」が作られた時代だとこのようなストーリーが受け入れられる背景があったのだろうか。当時は男性が主導権を握ることが当然で、女性の自立は難しかった。女性は社会的な制約の中で生きる中で純粋な乙女像を持つことでしか自己実現を図れなかったということか。では現代ではどうか?

映画「プリティーウーマン」だって娼婦を演じるジュリアロバーツ=純粋な女性が、リチャードギア演じる事業に成功したリッチな男に、当初は金で買われてその後ハッピーになるシンデレラストーリーの映画、と一般には考えらえるが、実は窮地に陥るリッチな男をプリティーウーマンが救う話でもあるのだ。これって「さまよえるオランダ人」に似てなくもない。この物語はいまでも意外に繰り返されている。

しかし、皆さんがオペラに興味をもったとしても、最初に見るのには「さまよえるオランダ人」はおすすめしない。私みたいにきっと眠くなるだろうから。

どのあたりがいいだろうか。例えばプッチーニの「トスカ」。ドラマはヴェリズモつまり真実主義といわれるリアルさを追求した作品。ナポレオンのイタリア進行の切迫した時代を背景に、音楽の進行とドラマが同時進行してスピード感がある。

ストーリーは画家カヴァラドッシと、その恋人の歌手トスカの物語。画家は脱獄した政治囚の逃亡を助けたために死刑宣告される。 トスカは、彼を救おうと警視総監スカルピアを殺すが、スカルピアの計略でカヴァラドッシは処刑され、トスカも彼の後を追って自殺する。

あ、これも女性が男を救う話だった。
やっぱり男は女に救われたいのかな。

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