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「あれ、俺ここまでThe1975好きだったけ?」〜新曲「People」を聴いて考えたこと〜

ここ数週間、ネットの音楽ファンを騒がせているバンドTHE 1975。昨年リリースした作品を提げてサマー・ソニック初日のトリ前に出演し、そのライブが大好評を博しTLは彼らの話題で埋まった。その翌週には新曲「People」を全世界同時公開。深夜にもかかわらず、新曲の感想がネットに溢れた。まさに一挙手一投足が注目されているバンド、といっても過言ではない。

僕自身もTHE 1975の一挙手一投足に熱狂している一人だ。昨年のアルバムリリースの時は、勢い余って会う人会う人に「THE 1975のアルバムいいよね」という話をしていた。コーチェラの中継も、大学近くのチェーン喫茶で手に汗を握りながら観た。そして、サマソニで彼らのライブを観た人たちにとてつもない嫉妬心を抱いた。

……と、ここまで書いていて気がつくのは、「自分はここまでTHE 1975が好きだったか?」ということだ。おそらく、今現在THE 1975に熱狂しているリスナーの中には、この問題にぶちあたっている人も多いことだろう。

自分のなかの疑問を解消するために、僕がTHE 1975を聴くようになったきっかけを辿っていこう。

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最初に彼らを認知したのはSHIBUYA TSUTAYAの洋楽コーナーに置いてあったレンタルCDだった。オアシスやブラー、アークティック・モンキーズが好きな典型的な「UKロック好き」を自認していた僕は、マンチェスター出身の新人バンドという触れ込みと、不思議なバンド名に惹かれCDを借りた。

誤解を恐れずに言えば、ファーストアルバムを聴いた時点でのTHE 1975に対する認識は「良質なポップバンド」であった。それでも、80年代のニューウェイブやファンクを現代的に昇華した、ウェルメイドなポップソングたちは他のバンドにない魅力を感じた。

https://open.spotify.com/album/74EKsgjD5GJOJpthJ59dhQ?si=ufy7FY_fTiuAtljKR02weA

のちに発売されたやたらとタイトルが長いセカンドアルバム(『I like it when you sleep, for you are so beautiful yet so unaware of it(君の寝顔が好きなんだ、なぜなら君はとても美しいのにそれに全く気づいていないから)』)も、発売後すぐに購入した気がする。このアルバムではさらにファンクやR&Bに寄ったポップソングが数多く収録されていて、僕のお気に入りの作品の一つになった。リードトラックの「Love Me」を、何度聴いたことか。

それでも、彼らを「ロックバンド」として認識することはなかった。むしろ、同時期にデビューしたジェイク・バグやサーカ・ウェイブスの方が、「UKロック好き」の趣味嗜好をくすぐるものであった。

だから、あくまでも僕はテイラー・スウィフトやエド・シーランのようなポップミュージシャンとしてTHE 1975を聴いていたのだ。

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そこから3年経ち、僕は大学生になっていた。当時とは違い、僕はUKロック少年ではなくなっていた。その頃1番聴いていたのは、ケンドリック・ラマーやチャイルディッシュ・ガンビーノ、ロジック。いわゆる、ヒップホップアーティストたちにハマっていた。
それは僕の周りの友人たちも同様だった。3年が経ち、「ロックバンド」の存在感が音楽シーンのなかで異様に小さくなっていたのだ。シーンは完全に、ヒップホップやR&Bのソロアーティストが支配していた。それにまんまと乗っかり、僕はあまりバンドを聴かなくなっていた。(要するにミーハーなのだ。)
ある日、ネットを見ているとボーカルのマシュー・ヒーリーが薬物中毒に陥り、リハビリ施設に入っていたことを知った。

その時に久々に、THE 1975のことを思い出した。気がつくと、様々な関連記事を辿りながら、彼らのことを調べていた。そうしていくうちに発見したのは、彼らがポップな音像に似つかわしくない、かなりどぎつい歌詞を歌っていることだった。僕が嬉々として聴いていた「Chocolate」はコカインの歌だった。スイートでポップなセカンドアルバムも、SNSの時代におけるリアルな愛情を希求した作品だったのだ。

ポップな印象に完全に騙されていたのだが、マシューはかなりヒリついた反骨心やあらゆるものへの苛立ちを音楽にしていた。そのことを知り、彼らの音楽の聴き方が少し変わった気がする。

そして、その時に調べたマシューのルーツや、THE 1975のスピリットを僕は一つの記事にしてまとめた。

グリーン・デイにステージに上げられたことから始まったバンド、THE 1975

この原稿は、意外といろんな人に読んでもらった。その時の反応として多かったのは「THE 1975ってポップバンドだと思っていたけど、こんなにパンクなんだ」ということ。僕のようにTHE 1975をウェルメイドなポップバンドと思い込んでいた音楽リスナーはかなりいたのだ。

この記事を書いた時は、ちょうどサードアルバムのリリース前。その一ヶ月後、彼らを色眼鏡で見ていたリスナーが手のひらをクルクル返すことになるとは、僕ですら予測できなかった。

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この『A Brief Inquiry Into Online Relationship(ネット上の人間関係の簡単な調査)』が全世界リリースされた時、多くの音楽リスナーがTHE 1975を絶賛した。

https://open.spotify.com/album/6PWXKiakqhI17mTYM4y6oY?si=K9mL8s28TCiEoYd3ccoBuQ

アルバムをリリースした1時間後にはTwitterのトレンド入りまで果たした。ヒップホップやR&Bのソロアーティストが全盛の時代に、ロックバンドの一枚のアルバムがここまでの熱狂を生み出すのはかなり珍しいことだ。

この作品の何がすごいのか。それはひとえに、「音」だった。80年代リバイバルのようなサウンドから打って変わり、アンビエントR&Bの意匠やヒップホップのアーバンなサウンドが楽曲の中心を占めた。リズムの空白を生かしたアレンジとメロウかつ刺激的な音は、2018年のポップミュージックの最新系だった。そして、そのサウンドに彼らのポップでシリアスなメロディと言葉はピタリとはまったのだ。

THE 1975のスピリットと、リスナーが求めている音楽、そして世界のポップミュージックのスタンダードがすべて合致した、まさに奇跡のようなアルバムだった。

あの作品を出した瞬間に、THE 1975は何かが変わった。今まで「2010年代のバンドの一つ」としかみなされていなかった彼らは、僕や他の音楽リスナーたちにとって、特別なバンドになったのだ。

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それからの彼らの活躍については、ネット上に数多ある他の記事に譲ろう。確かに言えることは、マシュー・ヒーリーの振る舞いは、今までと比べて、かなりロックスター然としていることだ。それは世界ツアーの映像を観ても、一目瞭然だ。

そしてそんな最中にリリースされた新曲「People」では、彼らが初めて自分たちの中のパンクロックスピリットを前面にさらけ出した。

激しいギターサウンドにヘヴィなドラム、そして絶唱というべきシャウト。メンバーの風貌も90年代のインダストリアルロックバンドのようである。マシューなんて完全にマリリン・マンソンだし。

彼は歌う。(和訳は曖昧)

People like people(人間のようであろうとする大衆)They alive people(彼らは大衆を生み出し続ける)
The young surprise people(俺たちが大衆を驚かせる)
Stop fuckin' with the kids(子供を馬鹿にすんなよ)

世の中の大衆を"People"という言葉で表現したマシューは、自分たちの世代を"The young"として表現した。歌詞の全体ではこの"People"と"The young"が対比的に描かれる。

彼は世の中へのアンチテーゼを掲げながら、"The young"や"the kids"たちに"Wake up, Wake up, Wake up"とシャウトをし続ける。

僕は純粋に、このタイミングで自分たちの原点をさらけ出し、若い世代をエンパワーメントしようとするTHE 1975が心強く思えた。

その心強さが、現代の音楽リスナーを熱狂させている理由なのかもしれない。

(ボブ)

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