見出し画像

花田菜々子『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』

ヴィレッジヴァンガード下北店の店長として長く務めた花田さんが、退社や離婚について悩んでいた時期に行った活動を振り返ったエッセイを読んだ。

説明十分かつインパクトの強いタイトルに思わず手を伸ばしたのだが、そもそも、花田さんが登録した出会い系サイト(作中は「X」と表記)は、男女交際の推奨がメインのサイトではない。Facebook連携による個人認証を経た登録者が、各々の待ち合わせ可能時間の投稿に反応を返すことでマッチし(性別問わず)30分お話しをする(延長は自由意志)というもの。
花田さんの利用当時は、意見吸収や人脈拡大を目的にした起業家やフリーランスの利用者が多かったらしい。

だから、出会い系サイトと言っても、入会したての初心者に使い方をサポートする裏方気質の人や、自分の技術を披露したい人、自分のオフィスでビジネスを語る人など、様々な人との出会いがあった。
もちろん、うさん臭い身体目当ての男もいたが、プロフィール登録者の評判を教えあう村社会気質もあるなど、純粋に人と出会う楽しみの多いサイトに感じた。
このように、入会した後に一つずつ発見する姿を通じて、読者も納得していく。

Xで出会う人達との「わらしべ長者企画」に挑戦する若者と出会った話も紹介されていたが、花田さんの「お話をした後におすすめの一冊を紹介する」という「バラエティ型」のプロフィールもいい意味で目立ち、サイト内で出会いたい人という人気ランキングで上位になっていく。

***

仕事への不満・退社の決意・就職活動という時間的な縦軸の中で、花田さんは自分のしている行為について内省する。大きく3つ。

・初対面の人間と出会い続けることでコミュニケーション強者になるまで
・本をすすめるという行為を繰り返すうちに身に着けた技術
・すすめる、という上からの立場に対する疑問とその解決策

本が好きだからこそ、雑貨だよりになっていくヴィレヴァンを離れる決意をし、自分の好きなものから自分の好きなことを発明する一貫性がまぶしかった。
不特定多数と出会い、会話をすることで、自分が本当に何をしたいのかということを俯瞰で認めることができた花田さんは現在「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」の店長を務めている。『本屋の新井』で知られる書店員・新井見枝香さんも働いている書店だ。

***

自分が一番感動したのは、赤の他人と話すことへの抵抗が無くなり、一対一の会話を有意義にできる自信さえ身につけた花田さんが、心から惚れこむ書店の店長に会いに行ったところ。
その店長はXの利用者ではない。サービスの枠組みで培った自信とスキルで、本当に会いたい人に会いに行ったのだ。(「出会い系サイトで会った人に合いそうな本をすすめまくっている」という名刺もあとからついてきたスキルとすれば。)その出会いを「自分宛てのプレゼント」にしようと、訪ねる日にちを自分の誕生日にしてしまう程、“人に会うこと”を心から楽しむ姿に自分までワクワクしてしまった。

作品内に度々出てきた『深夜特急』は、「行きたい場所に行ってみる勇気」を与えてくれるバイブルだが、この本は「会いたい人に会いに行く勇気と心構え」を与えてくれる本だった。

(オケタニ)
https://note.com/laundryland

この記事が参加している募集

読書感想文

サポートは執筆の勉強用の資料や、編集会議時のコーヒー代に充てさせていただきます