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“五感”がとぎ澄まされる「トレーラーホテル」に宿泊してみた

「なんか静かな感じだね」

夕飯を食べながら5歳の長男がポツリと言った。

朝夕は冷え込むようになり、だんだん秋らしくなってきた10月某日、私は息子2人とともに宮崎県都農町にあるトレーラーホテルに宿泊した。

町内外の人が都農町の“まちづくり”を一緒に考えられる場を作りたいとの思いからできた「Hostel ALA」。宿泊したのはその敷地内に新設された“離れ”のようなホテルだ。

ホテルに到着したのは18時半ごろ。あたりはもうすっかり暗くなっており、ALA周辺は車の通りがほとんどなかった。

到着して早々、持ち込みした夕飯を食べ始めたのだが、トレーラーホテルの中はなんとも言えない“静けさ”だった。

我が家の長男はテレビが大好きで、1日2時間までと決められた時間を楽しみにしている。そして自宅での日常はといえば、私が皿を洗う音や料理をする音など、生活音で何かと騒がしい。それゆえ、長男は余計に静かだと感じたのだろう。

しかし、私には“静か”という印象だけではなかった。

耳を澄ませるといろいろな音が聞こえてきた。秋の虫の鳴き声や、遠くから聞こえてくる地鳴りのような波の音。そして時折響きわたる電車の音。

トレーラーホテルから一歩外に出れば少しひんやりとした空気を感じ、満月に近い月の光がいつもより明るく感じた。

静けさの中で“五感”がとぎ澄まされたようだった。

「支えてくれた町の人たちにお返しがしたい」

ALAは全国を旅しながら働くリモートワーカーや、“スタディツアー”で都農町を訪れる都会の高校生など、多種多様な人たちに利用されている。共有スペースでそうした人たちと出会えることも魅力の一つだ。

ALAを運営しているのは、都農町で“まちづくり”に関するさまざまな事業をおこなっている株式会社イツノマである。イツノマがホステルを運営する中で、ある一つの問題が浮上した。

ワーケーションやリモートワークで利用する人が増え、ワークスペースが足りなくなってしまったのだ。そこでもともとソファを置いていた共有スペースに、2名分のデスクや椅子を設置。それでも「1人になりたい時やオンライン会議をしたい時に周囲に気をつかう」という声が聞かれることもあった。

そうした時に、町民から使用しなくなったトレーラーがあると声をかけられたという。イツノマは「トレーラーをホテルとして設置すればプライベート空間を作ることができる」と考え、譲り受けることにした。

しかし、トレーラーが思った以上に老朽化していたり、新たに浄化槽の入れ替えが必要になったりと、当初の予定よりも費用がかかることとなった。そこでイツノマは今年の6月末からおよそ1ヶ月間、100万円を目標にクラウドファンディングに初挑戦

結果的に131人から約158万円の支援を集め、プロジェクトを成功させた。トレーラーホテルには支援した人たちの名前が刻まれている。

このプロジェクトの中心となったのは、イツノマの社員である20代の2人の女性。高齢化が進む都農町の人口の中で、20代の女性は最も割合が少ない。トレーラーホテルが新設されてからの周囲の反応や、今後の展望などを2人に聞いた。

生まれも育ちも都農町という黒木翼さんは、「男子大学生の3人組や、小さい子どもがいる家族など、これまで利用が少なかった新たな層にも宿泊してもらえるようになった」と話す。

黒木さんは高校卒業後に海外や県外への就職も視野に入れていたが、地元の都農町が好きだったため、イツノマへの就職を決めたという。普段はALAでの接客対応や町内ツアーなどを通して、町の魅力を伝えている。入社してから勉強し始めたカメラでの撮影も、お客さまに喜ばれているそうだ。

クラウドファンディングの支援者131人のうち、約半数は町民の人たちだった。ホテルの中にも町民から譲ってもらったものがあるという。

「都農町の若い女性が頑張っているからとみんなが応援してくれた。だから私たちは『知り合いファンディング』と呼んでいた」

そう話してくれたのは、トレーラーホテルの設計を担当した建築士の渡邊佳さん。渡邊さんは以前県外のハウスメーカーに勤務していたが、イツノマが携わる「廃校になった都農高校の利活用」の仕事に魅力を感じ、都農町へ移住した。

「町のいろいろな人に支えてもらったから、お返ししていきたい」

渡邊さんのこの言葉が胸に響いた。

2人は今後“女子会”など若い世代の人が集まるようなイベント等もおこなっていきたいという。「同じ世代の友達が少ない。一緒にいろいろとやってくれる仲間を増やしたい」これが今の2人の切実な願いだ。

宿泊者への“うれしい裏切り”

朝6時頃に目覚めると、鳥のさえずりが聞こえてきた。息子たちはまだ寝ていたので1人で外に出てみたら、美しい“朝焼け”を見ることができた。

ホテルの周りには、陽射しをさえぎるものが何もない。海の方から昇ってくる太陽の光がダイレクトに伝わる。私も田舎育ちだけれども、こんなにも太陽のエネルギーを感じたのは初めてだった。

ALAは別途料金を支払えば朝食を提供してもらうことができる。シンプルながらも丁寧にソテーされた野菜が添えられており、手間をかけたことが伝わる料理だった。

朝食を作るのは、支配人の中岡映二さん。大手カフェチェーンや和食割烹に勤めていた経験がある。中岡さんは現在イツノマで働いている社員の中で最も社歴が長い。自ら志願し、今年の9月からALAに住み込み始めた。

中岡さんは「今までよりお客様との交流が深くなった」と話す。実際に私も夜子どもたちを寝かしつけた後、共有スペースで中岡さんや他の宿泊者と一緒にお酒を飲みながら会話を楽しんだ。

宿泊した人のレビューにも「スタッフと話せてよかった」というものが多いそうだ。ALAは無人オペレーションを採用しているため、もともと交流できることを期待して訪れている人は少ないと思うが、想定していなかったスタッフとの交流が“うれしい裏切り”になっているのかもしれない。

私は今回の宿泊で“五感が研ぎ澄まされる感覚”と“スタッフや他の宿泊者との交流”を楽しんだ。そして子どもたちもトレーラーホテルに大興奮だった。ベッドで跳ねたり、緑の中を駆けまわったり、スタッフに遊んでもらったりと、とても楽しかったに違いない。

今度はママ友とその子どもたちを引き連れて、本棟とトレーラーハウスを貸し切る“ALAジャック”をしようとたくらんでいる。



この記事を書いた人
宮崎在住ライター・ふみ
2021年に東京から宮崎にUターン。15年の接客経験で培ったコミュニケーション力を生かし、これまでに約100名の方にインタビューや取材をして記事を書いてきました。情報があふれている時代だからこそ、自分が直接見たり聞いたりした「一次情報」を届けたい!という思いでライターをしています。

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