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7月28日 現実と仮想の情報のあり方

7月28日ですね。

昨日の夕方、大和市文化創造拠点シリウスに行ってきました。

ここの図書館は相当良かったです。
ラテンアメリカ文学がここまで揃っているとは。
閲覧室や読書室も広く、漫画もかなり揃っていました。町田市民であれば提携していたので、カードを作って本を借りてしまいました。


私にとって良かったのは、有料ですが安価な作業スペースがあったことです。一時間当たり100円ならリーズナブルな価格です。
大和市は図書館城下町を謳っています。シリウスの入り口にもその標語がはためいていました。


シリウスを訪れ、あらためて図書館の存在意義について考えました。

ネットがこれだけ世に広まっている中、図書館はそもそもいらないのでは。将来の図書館は開架に本は並ばず、タブレットが並んでいるだけなのでは。図書館の将来について、本の愛好家はよからぬ予感を抱いています。


私は本をデバイスではなく、紙で読むのが好きです。
他の事については人よりも新しい情報に積極的に飛びつくたちですが、本については保守的な私です。


おそらく私と同様の人は多数いるでしょう。
なので、今の形の図書館はまだしばらく続くと思います。ですが、後十年もたてば、紙ではなく電子書籍のみで出版することを選ぶ出版社や著者が増えてくるはずです。
国立国会図書館への納本制度も改正され、普通の図書館にもそれが波及し、図書館で読めない本が増えてゆく事は確実だと思います。


そうなった時、図書館の存在意義は問われます。

私が考える図書館の良さ。それは、眼前にさまざまな本が並び、それが手に取れることだと思います。


スマホやタブレットはそもそも縦横の大きさに制限があります。二次元の縦横の限界は情報量の限界です。
ピンチイン/ピンチアウトをして字を大きくすると、逆にページの全体の構成や段落が分からなくなります。すると、前後のつながりが断ち切られ、文意をとらえることが難しくなります。これはとてもストレスを感じさせます。
だから私は誌面のレイアウトによって情報を伝えるような雑誌類をタブレットやスマホでは読みません。


では、大きなディスプレイにすれば良いのでしょうか。残念ながら、物理的に導入できるディスプレイのサイズはせいぜい百インチが限界でしょう。

図書館の場合、目の前の視野に広がるのはその十倍の大きさの空間。しかもリアルです。少し歩けば違う分野の書物のタイトルが並んでいます。そして、図書館の本は十進分類法によってテーマに並べられています。だから、類似のテーマで様々な切り口のタイトルが一覧で閲覧できます。数々のタイトルの並びから思わぬ発想が広がることもあります。


本来、そうした関連付けはネットの方が有利なはず。ですが、前述の通り、ディスプレイの幅の制約が私たちの情報量を狭めます。それがリアルの図書館とバーチャルの図書館の情報空間に使い勝手の違いを生んでいます。


おそらく、図書館の状況に変化が生じるとすれば、メタバースの世界がもっと便利になった時だと思います。ゴーグルではなく、今のメガネ並みの手軽さでメタバースに入れるように技術が進展した時、話は変わります。
ディスプレイの広さに制限されず、あたかも図書館の中にいるような体験ができる。そうなった時、今のあり方の図書館は存在意義を失うでしょう。


とはいえ、図書館が存在意義を失うまでは時間がかかるでしょう。あと10~20年ぐらいでしょうか。
ただ、今後の技術の趨勢を考える中でも、シリウスの図書館のあり方は参考になりました。
リアルで広範な情報に触れられる図書館の利点は、ある程度の規模がなければ効果を生みません。つまり、今の図書館が目指すべきは規模の縮小ではなく、拡大ではないでしょうか。
大和市のシリウス並みの規模の図書館が各地にできますように。

ありがとうございます。 弊社としても皆様のお役に立てるよう、今後も活動を行っていこうと思います。