恐怖のチューイングガムお姉ちゃん
「七月、高温と高湿度、満員電車の中でマチェーテで二本持ち無双乱舞したい季節!クソ熱いせいで軽率暴力思考が抑えられねえ!でも懲役が嫌!死刑がもっと嫌!アクズメさん、なんとかして!」という幻聴が聞こえた。暑さのせいかな。
おっしゃー任せろ。脊髄が凍るほどのこわい話を教えてやろうじゃないの。おれの実体験だぜ。
僕がまだ幼稚園児だった頃の話だ。
熱心のクリスチャンだった両親は僕を教会ゆかりの幼稚園にぶち込んだ。宗教に関わっているとはいえ壁に磔されたジーサス像が飾ってある事と、クリスマス祝いはやったら本格的といったところか。別にテンプルナイトになるべく剣やウォーハンマーを振り回させたり、洗脳教育されたりしていなかった。
とあるクリスマスイブの午後に、近所の大学から演劇部のお兄さんとおねえさんたちが来ていた。無償でジーサス生誕の演目をやってくれるそうだ。僕がこれまで何度も聞いてきた話だが、所々コメディ要素でアレンジされ、退屈もなく楽しめた。さすがは演劇部というべきか。
演目が終わったあと、役者の大学生たちが交代して舞台に上がり、園児たちとコミュニケーションとったり、ゲームやったりして場を盛り上げた。その中でボーイッシュなお姉ちゃんが舞台に登った。彼女は口の中に何かを含んでいるらしく、口を動かしてぐちゃぐちゃと咀嚼している、
「おっはこんばんちわー!(ぐちゃぐちゃ)チューイングガムお姉ちゃんだよ〜(ぐちゃぐちゃ)」
「「「きゃああああ! 」」」
僕を含めた園児たちがすっかりハイになって、チューイングガムお姉ちゃんのエントリーに歓声をあげた。お姉ちゃんは器用にぐちゃぐちゃと口を動かしながら喋り続ける。
「みんなはチューイングガムが好きかな〜?(ぐちゃぐちゃ)」
「「「すきー!」」」
あの頃まだ糖質ゼロでミントがひたすら辛いやつがなく、ガムが甘くておいしい時代だった。
「ワオ!じゃあガム大好きなみんなに、お姉ちゃんとゲームで遊びましょうね~(ぐちゃぐちゃ)」 「「「わーい!」」」
園児たちも超乗り気だ!
「ではでは!二人一組になってくださいね〜」
園児アクズメはまだぼっちではなかったので、直ぐにパートナーを見つけた。普段よく一緒に遊んでいる男の子だ。名前は忘れたが、ここはジェムスとでも呼ぼう。
「ちゃんとパートナーを見つけたかな?」
「それじゃあ、お姉ちゃんが体のどこかを言ったら、そこにガムがくっついたように、パートナーとくっつきましうね。少し練習しますね!いっくよー、手の平くっつけて!」「「「イェーイ!!」」」
僕は右手、ジェムスは左手出して合わせた。
「ワオ!みんな上手だね!じゃあ次は肘をくっつけてえ!」「「「うおおお!!」」」「「「背中をくっつけてえ!」」」「「「イービーッ!!」」」「お尻をくっつけてえ!」「「「ワオワオワーオ!!」」」
薬物を頼らなくても聖夜的興奮で絶好頂になった園児たち。
「それじゃあ最後の一発、いっくよ~!お口をつっけて~!」
はぁ?急に何言ってんだこいつ?おれは急に興奮から覚めた。だって人間同士が口をくっつける、即ちキスは特別の意味があって軽率に行うべきではないと、園児のおれだって知っている。チューインガムお姉ちゃんは所詮冗談半分で言っただろう。しょうがねえなぁ大の大人がこんな事いってよぉ。アメリカだったらいまにもFBIエージェントがドアの蹴破って「動くな、FBIだ!ここは自我が確立していない児童にやましい行為をさせようとの通報が入っている!」と大勢な警官を連れてこの場を制圧するところだ。おれはジェムスを見た。なあお前だってそう思うだろう?園児に口付けを強要するとかばかげて……うむっ!?
ジェムスはおれと目が合ったが否や、おれの頬を掴み、顔を近けてきた。おい、おいまさかお前っ。ちょっちょっちょっ。
むちゅ♡
ジェムスの唇とおれの唇が接触した。
おい。
おいおいおいおいおいおいおいおい。
ファックファックファックファックファックファックファックファックファックファックファックファックファックファックファックファックフファックファックファックファックファックファックファックファック。
FUCK!!!何をしたんだてめーっ!
顔が離れたジェムス。なんか照れ臭くても、誇りに満ちて「成し遂げたぜ!」と言わんばかりの表情をしていた。おうおめえ、それでいいのかよ。
一方おれは驚いて、なにも言い返せなかった。こんな風にファーストキスを経験するとは思わなかったからだ。
「みんな上手よ!お姉ちゃんは……」
舞台の上のお姉ちゃんはまたなんか言っている。あとのことはあまり覚えていない。何しろインパクトのデカすぎるかならな。
チューインガムお姉ちゃん……今に考えると満員電車の中でマチェーテ二本持ち無双乱舞よりヤバい奴ではないか?だって聖夜にボルノじみたことを敢行し、結果を収めたぜ?もしおれが過去に戻る機会があれば「この人、幼い子供にいやらしいことをやらせようとしているんです!」と通報したい。ハンマーで彼女の頭をかち割りたい。
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「そして何より恐ろしいのはーー」アクズメはコロナを呷り、瓶をテーブルに叩きつけた。「おれはあれ以降、同性へのCPR以外に口付けしたことがない。つまり異性とキスした経験はないのだよ!」
「……あほくさ」「ジェムスと結婚してしまえば?」「正直どうでもいいわ」
アクズメの勇気あるカーミングアウトにパルプスリンガーたちの反応は冷たい!
「アアーッ!なんなんだよお前ら!人が勇気を出して黒歴史を教えたのに!」
「あんたが勝手にしゃべり始めたんだろ」「付き合いきれねえわもう」
離れていくパルプスリンガーたち。
「まあなんていうか……君だけがつらい思いしたと思わないことだ」ジィジは席から立ち、アクズメの肩を叩いた。「わしから見ればきみはまた十分に若い。これからいくらでもチャンスめぐってくるものさ。きみ次第にね」
「ぐぅ……!」アクズメは嗚咽した。