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電車の中での出会い

その日、私は電車の中で泣いていた。

今から約20年前。大学3年生の私。就職活動まっただ中。
何社受けても全然内定が取れず、受けられる企業は減る一方、そして時間は過ぎるばかりで焦っていた。

その日も就職活動帰り。
結果が思わしくなくて重い気分のところに加えて、携帯に電話をかけてきた母親とちょっとした、だけどその日の私にとっては大きなダメージとなったけんかをした。

母に捨て台詞をはいて電話を切り、そのまま電車に飛び乗った。
通勤ラッシュには少し早い時間で車内にいる人もまばら。
西日が差す長いすに座って、自分の現状を考えると涙が出て来た。

内定も取れず、母親ともこんなくだらないことでけんかをして、なんなんだろう、私。

本当はこんな公共の場で泣きたくないのに、と思いながらも涙を抑えきれずにずっとめそめそ泣いていた。

なんとなく雰囲気で周りの人もいたたまれない様子なのが分かる。
それでも、就職活動の疲れも手伝ってか、涙は収まらない。

泣きはじめてどのくらいたっただろうか。

突然、「泣いたらダメじゃ。」と、隣から声がした。

予想外の事に驚いて一瞬状況が分からなかった。
顔を上げて声の主を見ると、スーツ姿の50代くらいのおじさんだった。

目が合うと同時に、おじさんは
「もう泣くな、な。」
とうなずきながら言った。

その途端、めそめそ泣いていた私の涙は大粒の涙に変わり、ハンカチで口を押さえなければいけないほど心が揺すぶられた。

まさか色んな会社からも必要ないと言われ、母親ともけんかをしてぼろぼろな状態の私にそんな優しい言葉をかけてくれる人がいるなんて。
しかも慣れないスーツに身を包んだ電車で泣いている大学生に声をかけるなんて、おじさんはどれだけ逡巡されたのだろう。

色んな感情が入り交じって、涙が止まらなかった。

15分ほどして次の駅について、おじさんは降りていった。
お礼すら言えなかった私が、おじさんが降りている様子を目で追っているとホームを歩きながら、おじさんの口が「がんばれよ」と動いているのが見えた。手は私を励ますように、握り拳を握っている。

感謝の気持ちを伝えたいと思っても、涙があふれるばかりで、ただただ、うなずくことしかできなかった。

あれから20年近く経つ。
私は、あの日おじさんが社会人生活で得た力を、社会に旅立とうとその入り口に立とうともがいていた私に少し分けてくれたように感じる。
社会人としてつまづく事がある度に、この日を思い出して前に進む力をもらっている。

頑張るのだ。いつかおじさんに会ったときに「私、頑張りました!」と胸をはって言えるように。


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