正解を選ぶのではなく選んだ方を正解にする
後悔したくない
失敗したくない
そんな思いから、"正解"を基準に選ぶということをしてきたように思う
この"正解"というものも、そもそも不確かなのだけれど
自分にとっての正解、よりは
世の中の正解、誰かの正解だった
今、大きな選択を目の前にして
「正解を選ぶ」のではないやり方を
今までとは違うやり方を
しようとしていて
どうすればいいか迷う
こう在りたい自分、というものがいるとしたら
その自分ならどうするか?
だったり
何を得たいか、ではなく、
どんな感情を得たいか
だったり
基準はいろいろあるけれど
直感で
というのもある
ただ、"直感"と"エゴの声"の区別がわからない
今までエゴの声を直感だと採用してきたこともある
今日リーディングカフェの場で
大きな選択をしなきゃならない話をしたら
仲間が
中野信子さんのことばをシェアしてくれた
『正解を選ぶ力ではなく、直感で選んだ答えに取り組み続けて正解にする力をつける。』
正解を選ぶやり方をもう止めるなら
正解を選ぶのではなく選んだ方を正解にする
ってことだよな、と
わたしも思った
それは、どちらを選んだとしても
そして
この記事の中の「認知的不協和」と
いわゆる「認知の歪み」って
どう違うのかな、って気になってる
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