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病気の一枚 47

2023年4月の私です。

本編に入る前に・・・ここ最近、私のnoteへ来てくださっている皆さま&いつも読んでくださっている皆さまへ。いつもの皆さまにはいつもの記事ですが、最近来てくださっている皆さまには、ちょっとびっくりかも、と思うので、この前置きを書くようにしました。

私、この病気の事を、今は月1回で書いています。最初の頃は、まあ、自分の人生で、こんな経験することって、2度とないしな、と思って書いていました。でも時がたつにつれて、記事を読んでくださっている皆さまにコメントをいただくようになり、この病気に対して、病気を経験した人にも、現在進行形で治療をしている人にも、経験していない人にも、何か伝えられる、伝わる事があれば、と、少しずつ思うようになってきました。

特に大きな事は何も考えてなく、どなたかが言われた「ろうそくの灯」のように小さな小さな明かりを灯し続けていければ、と思っております。
私の定時連絡のようなモノだと思っていただければ、いいかなと思っております。

2019年夏、右胸のしこりに激痛がはしり、検査の結果、乳がん、悪性腫瘍と診断されて、11月に右胸全摘とガンが転移していた右脇下のリンパ節切除手術を受けた。そして12月から抗がん剤治療が始まり、翌年2020年5月にやっと抗がん剤治療が終わり、7月にポート抜去手術後、ホルモン療法(タモキシフェン)が始まった。

2020年9月から仕事復帰。ただし、右腕はリンパ節切除の影響で軽いリンパ浮腫を起こしていたが、少し症状は軽くなってきた。それでも、腕を休ませながらの勤務。今は本格的に仕事復帰している。

2023年1月に再発。右肺の胸膜に遠隔転移判明。診断は『右肺の胸膜播種』。現時点でガンに対する自覚症状はない。仕事を続けながら、べージニオ&フェソロデックスを用いて再発治療中。

告知されて、3年6ヶ月。
手術して、3年5ヶ月。
最初の抗がん剤治療が終わって、2年11ヶ月。
再発治療が始まって、3ヶ月。

あ。今月はセリフ多め&長いです。

黄砂にやられた。

気をつけてはいた。でもそれは気をつけてるつもりだった、にしか過ぎなかった・・・。
花粉症なので、今年も耳鼻科でフェキソフェナジンを処方してもらっていた。もう、毎年のことなので、先生との「いつものかな?」「いつものですね」という会話も毎年恒例になってきた。

だが、花粉はなんとかしのいでいたものの、今年の黄砂は手ごわかった・・・。天気予報で、今日は黄砂が飛びます、と聞いても、また黄砂か、とあまり相手にしてなかった。

しかし、ある日の昼から半日ほど、変な咳が止まらなかったのである。呼吸も少ししんどい。これは、がんの影響?薬の影響?何の影響?
不安なまま帰宅して、旦那に話をしたら、病院で一度診てもらった方がいいということになり、病院に連絡して、夜の病院へ向かうこととなったのだ。

がんは病気。花粉症、喘息はアレルギー。

病院では、内科の、しかも肺が専門だという先生が出迎えてくれた。
到着するや否や、聴診器を当てられる。
「んー・・・少しヒュウヒュウ言いよるね。喘息やね。ああ、アレルギーの薬も飲みよったんやね。そしたらね、とりあえず今は吸入して1日分薬を出しとくからね」
「・・・せ、先生、がんは関係ないんですか?」
「うん、関係ないね。カルテ見たけど、まったく関係ないよ」
「・・・せ、先生、今度、造影剤入れてCTの検査があるんですけど・・・」
「うん、あのね・・・がんは病気。花粉症、喘息はアレルギー。まったく違う系統なの。だから、ここでは治らないから、かかりつけの病院があるなら、そこできちんと喘息治療しなさい。みんなそうやってコントロールしてきてるんやから」
「うっ・・・」

痛いところをつかれた・・・。確かに気管支も弱いので、近所の内科にも定期的に通院していた。そこの先生に気管支も診てもらっていた。しかし、がんが再発してから、なるべく薬代を浮かせるために、何もかも乳腺外科の病院で済ませようと、しばらく行ってなかった・・・。
「とにかく仕事とかあるやろうけど、明日絶対かかりつけに行きなさい」
はい・・・行ってきます・・・。
翌日仕事を済ませて、ちゃんと内科に行って、また吸入を受け、咳止めと吸入薬を処方してもらって、喘息は4日ぐらいで治まった。

CT検査

喘息診断を受けた翌週、CT検査の前日に病院から電話がかかってきた。
「明日のCT検査ですが、喘息の診断を受けているということですので、造影剤なしの単純撮影になります。で、単純撮影になると、時間が変わってくるんですよね」
「・・・え?ちょっと待ってください。もう咳は出てないんですけど」

不意にそんな話をされて、完全にど素人の私は、咳が出てないから、造影剤いけるんじゃね?と、それこそ単純に思ったのだ。どうも納得がいかない。というか、造影剤なしでも大丈夫?という不安が強くなって、検査当日、主治医の先生と検査前に会うこととなった。

「ごめんね、うまく説明が伝わらなくて。他の先生と話し合ったんだけど、まだ吸入薬があるのよね?」
「そうですね・・・」
結局、症状はなくても、喘息と診断されてまだ間がないし、吸入薬もまだやっているので、今回は造影剤なしでということで説得された。
「大丈夫。造影剤なくても、ちゃんと見るから」
先生のこの言葉が決定打となり、検査を受けることになった。

撮った。

実はこの頃ぐらいから、ちょっとした味覚障害が起きていた。
以前抗がん剤を受けていた時にも副作用として出ていたが、あれが再び起きたのだ。煮物の味がしない。味噌汁もあまり味を感じない。何を食べてもいまいち。
でも小豆は食べたい。あれは味覚障害中でも美味しく食べることができた。

でも、このままじゃまずい。ただでさえ、ベージニオの副作用でひどい下痢が続いている。最近は食べたモノが原型をとどめたまま出てくることが増えてきている。そういうこともあって、食べることも時々嫌になることもあるのに、食べようと思ったら、今度は味がしない。
念のため、例の流行り病だろうか?と思って検査キットで検査するも陰性。ホッとしたけど、でもどうしよう?

そんなある日、旦那が卵豆腐とレトルトの茶碗蒸しを買ってきた。
「確か、抗がん剤の時は、卵豆腐と茶碗蒸しは大丈夫って言いよったよね?」
おお~、そうやった。よく覚えとったね。さすがやね。
しかし、それにしてもこの味覚障害は何やろうか?

今月の筋肉注射。

今月もいろいろあったが、注射の日がやってきた。
フェソロデックスというホルモン薬で、左右のお尻の横の「中臀筋ちゅうでんきん」に一本ずつ打つのだ。

その前に、先日受けたCTの結果と血液検査の結果が出た。
診察室に入ると、先生がいつにも増してニコニコしながら待っていた。
「言いたいことがたくさんあるんやけど、どれから話そうかな~」
いつもよりウキウキテンションが高い先生に、ちょっと引き気味になりながら、診察時の必須アイテム、メモ帳を机に広げる。メモ帳には先生の話のメモはもちろん、診察時で聞きたいことなどが書いてある。

まずは、CT検査の結果から。
再発治療が始まってから初めてのCT検査。目の前のモニターに治療前と治療3ヶ月経過の画像が出される。
「ほら見て。あんなにあったしこりが消えたよ!」
「ほんとだ!私の目には何も見えない!すごい!」
「やったね!」
素人の私でも確認できてた、あんなにあったしこりが画像で見当たらなくなっている。まあ、それでも小さいのはあるみたいだが、それもよーく見ないと分からないぐらいちっぽけな点になっている。

「それから腫瘍マーカーね」
これが、なんと、正常値の範囲内に戻っていたのだ。
「すごい・・・薬の力、恐るべし・・・」
嬉しいは嬉しいのだが、これらが全部薬の効果だと思うと、いま服用している薬って強いんだなと思って、そりゃ副作用もしんどいはずだわと思わずにはいられなかった。
「薬がちゃんと効いとるよ」
「うん、効いてるんだけど、下痢はきついですよ」
「うん、きついよね・・・。でも、今のところ、これが効いてるから、この治療を続けたいのよね」
「うん、まあ、やるはやるんですけど・・・」
「ガン細胞減ってるし」
「ガン細胞も減ってるけど、体重も減ったよ」
「え?どうした?」

ここから、話は味覚障害と下痢の話に変わる。
この話はかなり長くなったので、要約しますが、ここ最近の味覚障害は、喘息の薬のせいではないかと。でも、そんな現象は今までなかった。
じゃあ下痢?と、下痢の話をしていたら、私が何を食べてもほぼ原形をとどめたまま出てしまうことに、嫌気がさして、また、吐き気も続いていたので、自然と食べる量が減っていたのと、栄養が足りてないのが判明。
「栄養タブレットを出してもいいけど、せっかくご飯が食べれるんだから、食べ物でがんばってみて」
「うー・・・栄養学の勉強ですね」
「まあ、深く考えずに、いろんなものを食べなさい」

でも、また疑問が一つ。

CT画像からしこりが見えなくなり、腫瘍マーカーも正常値に戻ったものの、それは薬によるもの。
「この治療がずっと続くわけじゃないですよね?」
「うん、そうやね。この治療も永久というわけではないからね・・・。この薬が効かなくなったら、次の薬。それも効かなくなったら、また次の薬という感じで治療していくんよね」
「それって、がん細胞が薬に慣れるってことですか?」
「あのね、がん細胞って学習するとよ。そして、そのうち薬に勝つようになるとよ」
「学習するですと!?・・・なんと厄介な・・・」

そう聞くと、やっぱり私の中のガン細胞はしぶとく生きてるのねと思うし、その治療は平均何カ月ぐらいあるのかとか、まだ余命宣告されていないけど、そういうのも先生は分かっているのかもなあとか、またいろいろ考えてしまう。
やっぱりガンとは一生付き合っていかないといけない病気なのだ。

そんなことを思いながら、また今月も笑顔で先生に見送られながら、苦手な筋肉注射を打ちに処置室へと向かうのであった。

がん細胞が薬を学習するなら、私は栄養学を学習しようかな。



追伸:病気の一枚は連載モノです。よかったら46もご覧ください。


いちおう今までの分は私の病気マガジンにまとめています。
1から読むと、かなり長くなりますが、興味がある方はどうぞ(^^;)
えっと、13までは病気治療に専念しており、14あたりから徐々に社会復帰して、毎月の定時連絡になり、44から再発治療が始まります。


記事を書くための栄養源にします(^^;)