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見失いかけていたアイデンティティを雪山で見つけた話

つい先日、岐阜の雪山へスキーをしに行った。最後にスキーをしたのは高校生の時で、じつに15年ぶりだった。

幼少期から、スキーを趣味とする父のスパルタ教育を受けていたため、スキーは「人並み」に滑れる認識でいた。

リフトを降り立ち、いざ滑走してみると、「人並み」ではなく「得意」なのだということに気が付いた。

このところ、自分自身と向き合う時間が増え、スキルの棚卸をする中で、「自分って何も持ってないじゃん…」と落ち込むことが多かった。


自分自身と向き合うきっかけとなった、パートナーの海外駐在問題と、それに伴う、結婚・帯同の是非についての葛藤、そして先人駐妻さんたちへのリスペクトを綴ったnotoはこちら。


アイデンテティを見失いかけていた中、自分では気が付いていなかった「得意なこと」に気が付けて、少しだけ自分で自分を認められたような気がした。

こういう、小さくても前向きになれる出来事を見逃さずに大切にしていけば、たとえ海外に行ったとしても自分を見失わずに暮らしていけるかもしれない。そんな気持ちになった。

スキーに連れていってくれたパートナーに感謝をささげるとともに、得意だと言えることを授けてくれた父にも深く感謝した。

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