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Revolog 600nm&2022年・夏 王道映画を見よう

はじめに

映画の感想を何らかの形で残したい VS そんなのnotionに書いとけよ  の戦いが始まっちゃったのでダークライが来る前にフィルムのレビューと繋げてみた。まあフィルム(写真)とフィルム(映画)で掛け言葉!って感じ(わら)
noteはTwitterの延長でいいじゃんってひとが友達に結構いて、僕もてきとーに気軽に書いてみるか〜と言うノリで書きます。「ですます」も「だである」もバラバラだし、まじで口語の延長線てことで。

①Revolog 600nm

今回はRevolog 600nmというフィルムを使ってみました。前のフィルムを受け取りに行った時にカメラ屋さんでたまたま見つけました。ふらっと立ち寄ったお店でみたことないメーカーのよくわからんもの買うの、楽しいよね。

写真

Nikon f801-s

この日は久々に休みの日に工場地帯を切り分けて陸地の果てまで行くことにした。人多いし平日に来るべきかも。

現像してみると、本当に同じフィルムなのか?というくらい青が強かったり赤が強かったり。人生はフィルム写真と同じ。どんな写真が撮れたかは、蓋を開けてみなければわからない(感光)。つまり、現像したフィルムの色自体に偶然性にかけなければならない。写真は偶然目にしたものを切断して断面をフィルムに焼き付ける行程であるが、それに加えて現像の過程で色味まで偶然性が含まれる。いわば偶然性の二重構造になっている。

このフィルムみたいに、デジタルにはない偶然性(というより確率?)への賭けを体験できるフィルム、とても好き。




②2022年・夏 王道映画を見よう


はじめに ネタバレ注意!


大学生は映画を見ろ!ということでクソ長夏休みを利用して映画を見ていく備忘録的なものです。

マジで人に見せる用じゃなくて140文字(Twitter)の延長だから、あらすじとか書くわけでもなく、バチコリネタバレする。ほんとに感想の掃き溜めです。ほんとの備忘録。
しかも!はっきり好き嫌い言ってるので、あなたの好きな作品をスカスカの感想でボロクソ言ってしまっているかもしれない!ごめんなさい!
だから読み飛ばしてほしい(?)。でも『セブン』だけちゃんと書いたので見たことある人とお話ししたい。





ネタバレ注意!!&カス感想の余白

てか「&(and)」っていざ書けって言われると綺麗に書けないよね。てか書けるかも怪しい。この前ホワイトボードに書く機会あったけど、プルプルしちゃって洞窟壁画になって笑っちゃった。








マトリックス

 これを見た後、この世界はすべて夢…!?ってなりました(なってない)。反グローバリズムの方達が既に述べてそうだけど、まさにハリウッド映画の表象が現実世界で表れている、つまり現実世界は映画の真似事をし始めている!とかって言ってそう。
 ローレンス・フィッシュバーン演じるモーフィアスが尋問されているシーンが印象的。私は幸せしかない世界で生活したいものですね。朝8時、新橋駅で声を発さず身体と身体を接触させて無理やり電車から降りて自由競争に向かうマジョリティの社会人の方々は違うのかもしれないけど。


TENET

 主人公は誰に命令されてるの?とか動機や目的、そして敵の実態も空白のまま進むわけだけど、1回目だとよくわからん…ってところが多いかもしれない。2回目見ると綺麗な伏線回収に驚かせられる。まあその点は山ほど考察ブログやnoteがあるので(実際自分もお世話になった)。


アイ・アム・サム

 嫌い。ご都合主義がすぎるし考えれば考えるほど不安になる。でもこの作品好きな人たくさんいますよネ〜僕も実際好きな声優がおすすめしてたから見たわけですし…
 怒られない程度に嫌いな点を挙げていくと、まずところどころに出てくる現代社会批判みたいなのが薄っぺらくて嫌いですね。たとえば、スタバ店員をしていて、普段客のわがままなアレンジを聞いている主人公が、他のチェーン店にいってアレンジができなくて騒ぎ立てるシーン。いや、何を批判したいの…って感じだし、批判という文脈ではなかったらなぜこのシーンがあるのか…と考えてしまう。なにより物語の奥行きがないし。この奥行きのなさも主人公の障碍的な見方の世界のメタファーですか?

 本当に不安になってしまう。この子の将来は…みたいな。僕はラディカルなロマンチストであってリアリストでもあるんだと確認することができた。


ビューティフル・マインド

winstonフィルター
 物語のトリックに驚くのが最高なので、ジョン・ナッシュの人生を知らない人こそ初見で見てほしい。ナッシュ均衡、前都市の経済学的な授業で、競合するコンビニをA駅とB駅の間のどこに出店するべきでしょうみたいな感じでサラッと触れてわかった気になってたけど結局わからないね…20世紀はじめの相対性理論、非ユークリッド空間の経済学版。つまりアダムスミスからの経済学の伝統を覆すような流れの大きな役割を担っているのがナッシュ均衡だと思う(自分は経済学メジャーんちゅじゃないから偉そうに言えないけど、多分偉い人も誰か言ってる。)
 って映画を置いておいてナッシュ均衡について語ってるけど、ゲーム理論を研究してたのは若い頃だけであとはずっとリーマン多様体の研究をしてたらしい。やるか…数学(数ヶ月ぶり、n回目)
内容は面白いのでおすすめ!


英国王のスピーチ

おもしろかった!タバコは喉を開くらしい!(大嘘)
 個人的に気になったのは精神分析要素がちらほらあったところ。吃音とトラウマとの関係性についていつか調べようかな(メモ)。言語セラピストのローグもフロイトと同じく、第一次世界大戦の戦争の心的後遺症から大きな影響を受けている描写もあるし。

 あとHearts of Iron IV(第二次世界大戦RTSゲーム)の解像度が上がる。いうまでもなく世界史学習においても。ジョージ6世はこーいう人だったのか〜って感じで。でも、この映画で大切なのは政治とか国際情勢じゃなくて、というよりそれらはネガティブな舞台装置である。本当の主題は「ジョージ6世は吃らずスピーチできるのか」  であって、描写もそこ一筋なところが好き。


Catch Me If You Can

事実は小説より奇なりって感じ。ラストの母親の新しい家庭を窓一枚通して眺めやるシーンが好き。


セブン

都市化と実存主義。不条理と実存。
文学への造詣が深い。好き。多分夏見た映画の中で一番好きかもしれない。ということで感想。

くそダンテ!大ボケのカマ詩人めが!

作中のミルズ刑事のセリフより

 OPから不快というか不思議な気分にさせられる。このOPからこの映画の映像のトリックが奥深いのがわかる。特に中盤で今回の事件であるジョン・ドゥのマンションにたどり着くわけだが、そこで入り組んだマンションと路地で追いかけっこをするわけだが、カメラワークが良すぎて入り込んでしまう。

 あらすじとか映像の話をすると語彙力皆無なのと映画の映像論とか技術論は全く明るくない、というかよくわからんっていうのが露呈されちゃうので内容を話したい。

 この映画、オチがバカ鬱エンドでその鬱要素と事件のグロさが語られがち。もちろんグロ要素と物語の主軸となる文学的な要素の調和もこの映画が面白かったポイントではある。でも事件は実はこう解釈できる〜とか、サマセットと妻が犯人で〜みたいな考察している人は違くない?って思っちゃう。村上春樹とかエヴァにもいますよねこーいう深読み人。
 私が注目するところは最後のナレーションのサマセットのヘミングウェイの引用。今作をモーガン・フリーマン演じるサマセットを軸として見てみると、都市化と実存(もちろんサルトル的文脈で)という地平が見えてくる。彼は都市にすまうことによって、都市化による全近代的な関わりの減少に適応し、他者や社会に対して関心をなくしてしまった。血気盛んなミルズ刑事に対して1週間後に退職を控えるサマセットは事件に対しても、生にたいしても、ニヒリズム的な態度をとる。たとえば、ミルズの妻と朝食を食べながら、反出生主義的な考えが垣間見えていた。
 だが、ミルズの家族との関わりや不条理な七つの大罪事件を通し、エンディングのナレーションでは以下のように述べる。

”この世は素晴らしく、戦う価値がある”と。後半には同意する

サマセット

つまり、世界は不条理でクソなわけだ。それは、この映画を見た視聴者側の我々も同じ気持ちに浸っているであろう。でも、戦う価値がある。つまり世界に、社会にアンガージュする価値がある。サマセットはこの後半の部分に賛成しているのである。したがって、この映画はサマセットの「実存」の話なのである。

 それを踏まえると、今作は極めて現代(20年代)でも問題になる問題(反出生主義や都市化と社会関係資本)が含意されている。しかし、到着点が実存であることから、私は2001年すなわち9.11以前の映画だなとも思う。9.11以前以降でアメリカの物語、特に映画は大きく変遷している気がする。こんなnote書いちゃうくらい映画あんまり見てないので偉そうなことは言えないけど。
と、アツく語る反面、僕は実存の思想はあまり好きではないのだが、それはまた別の機会で。(まあ僕のこの感想も結局深読み人とやってることはあまり変わらん気がする。)

 エンディングではデヴィッド・ボウイの「The Hearts Filthy Lesson」が流れながら、エンドロールが上から下に降りてくる。もう尖りすぎてて好き。


ファイトクラブ

セブンと同じデヴィッド・フィンチャー監督とブラピのコンビ。

 途中まで、『ビューティフルマインド』的な、分裂病的な展開だとは思わなかった!(両者の重大なネタバレ。てかさっき『ビューティフルマインド』では明言を控えたのにあーあ。)
 実際、ネオリベラリズム批判は映画の本質ではない。資本主義批判を映画でまで見てしまうと「じゃあこれをAmazon primeで冒頭の広告をみてまで見てる私は何?」ってなるので…ウーン。
 いずれにしても、セブンから4年後とは思えないほど、ゼロ年代の思想の問題、資本主義の問題に踏み込んでいる印象。
僕も自分を解放して日々のいろいろな鬱憤を解放する肉体的な闘争の場が欲しい〜ともおもったり、思わなかったり。


メメント

 ノーラン監督の出世作。くっそ疲れてる時に見たのでとても入り込んでしまった。意味わからん、わからん…ってなって楽しかった。アクションシーンは地味だったけど、時間の演出上のトリックに引き込まれた。
 注意点としては、サイバーパンクSF読む時みたいに世界観とか設定に、作品の観測者私が慣れるまでちょっと辛いところ。


インセプション

おもしろい!ノーラン作品で一番好きかも。

 凡庸な考察は誰かに任せて。僕はデカルトの夢、第一省察じゃん!って思った。デカルトは第一省察で感覚を疑って、「それって夢と現実が区別つかないよね〜?」みたいなこと言って、全てを疑っていくんだけど(方法的懐疑)、じゃあ夢と現実の区別をつけているのは感覚…!?ってなるんですよ。つまり、インセプションに当てはめて考えると主人公のコブが持っている駒が感覚ってことになるかもしれない。
 まぁインセプションの世界では感覚もしっかり感じるっぽいので本当に夢と現実が区別がつかない世界らしい。そこで主人公のコブはコマを持っているってわけで。というデカルトとインセプション両方を侮辱するようなゴミカス感想でした。(これを『省察』読む時に話したらちょっとウケたので擦ってる。)


レオン

 評価されるのはわかる、映像に引き込まれてしまった… でも本編の概要を例えるなら、女子校上がりのナチュラル処女ビッチが男を狂わせて破滅するような。
いずれにしても、恋愛描写が不自然で違和感。設定の詰めが甘いし、ワイくんはマチルダにイラついちゃってダメだった。最後のアクションシーンも、警官あんなに殺す必要ないじゃん…警官一人一人は関係ないのにさ…いやまあ気にしたら負けなポイントだけど僕は悲しきモンスターなので…でも裏を返せば、それまで守ってきた仕事の倫理を逸脱して女の影響で仕事から倫理まで狂ってしまう、まさに破滅なんだよな。
 にしても俳優陣はとてもすごい…ジャンレノもゲイリー・オールドマンもキャラと演じ方が好き…ナタリーポートマン12歳マジ!?ウダウダ行ったけど、全体的に面白かったし、魅力的な点もたくさんあるんだけど、それを考慮しても、僕は「アンチ愛が勝つドラマ」の悲しい怪物なのであんまり好きじゃなかった…


ワイルド・アット・ハート

鬼才デヴィッド・リンチ監督の作品。
SEX、ゲロ、たばこ、気狂い。エログロナンセンス。
 マジで鬼才。イカれてる。SEX描写が変で、それこそRevolog lazerみたいな感じの演出で、興奮しないのに脳裏に焼き尽く。見たあとすぐ寝たら変な夢見た。
 とにかく主人公たちがとにかくバカでおもしろい。国道の途中ででかい音楽流して踊り出すシーンマジで笑っちゃった。かと思えば全体がオズと魔法使いのオマージュとなっているのも面白い(interestingのほう)。デヴィッドリンチ作品、好きかもしれない。時間できたら履修しようかな。


メランコリック

 今回唯一の邦画。自分が知らない俳優さんばかりだし、役者に先入観を持たずにみれて、前半は本当にリアルな高学歴フリーターの幸せな日常を垣間見てる感じで良かった。後半からはもうキャラクターのキャラが立っててめっちゃ良かったな。とにかく松本のキャラが好き。
 え、人殺してますよ?倫理的にやばくない?とか細かいところ気になっちゃうと楽しめないっていうのはそうなんだけど、それを除いても面白かった。やはり日常を舞台にしているから没入感が違う?続きがミテェ〜と思う気持ちと、続きが作者によって描かれるのは解釈違いかなという気持ちも。総括すると、いい意味で下北沢の小さい映画館でやってて欲しい映画。(実際は結構売れたらしいが。)


HEAT

 アル・パチーノとロバート・デ・ニーロ。
とにかくアクションシーンがすごい。こだわりの解説?はこちらから。
すごい良かったけど語彙力が足らん…足らんのだ。プロ犯罪者 ニールと勤勉な刑事ヴィンセント、どこか似ている二人。この関係性で出会わなかったら…などのもう一つの可能世界を考えてしまう。こーいうのが好きなんだよ、こーいうのが。



フォレスト・ガンプ

 この作品は全てが80年代までのアメリカの象徴であって、愛国心という象徴秩序の映画と割り切れば好き。感動作ではなくコメディ、それも激動の時代を象徴秩序化するコメディだった。
 というのも、映画のいたるところで出てくる”出来事”は日付まで特定できるようになってる。つまり、公開当時、観客は映画の中で登場する”出来事”や登場人物が担わされている”象徴”と自分を照らし合わせてみることができる。 まさに激動の時代の象徴秩序化である。そして過去については物語でママが説明済みというわけ。あーーーワイの世代にもこーいう映画が欲しい。
 ストーリーはヒロインに翻弄される主人公を見てるとうんち…って気分になるけど、この”うんちさ”が合衆国の陰の部分であった家父長制、左翼、サイケ、エイズであって、光の部分のご都合主義はまさにアメリカンドリームで”アメリカ”そのものの象徴的”うんちさ”なんだよな。この映画は見事に1940年代〜1980年代のアメリカ社会を象徴している。

 にしても、『アイアムサム』でもそうだったけど、アメリカ人は主人公にハンディキャップを負わせないと感動できない人種なの?とも思ってしまう。(歯切れが悪い)




ネタバレ注意の余白 後編









おわりに

 今回はフィルムの写真と映画の感想掃き溜めをごっちゃにしてしまったけどいかがだろうか。
 フィルムお金かかるし、休みの日にカメラ持って出かけるの疲れるしでもうずっと写真撮るのサボってる。夏休みもISOが低いフィルム(基本的に昼しか使えないフィルム)を消化するために早起きして出かけるんだ!って張り切ってたのに、結局一個も使わなかった。まあ結果的に外に出ないのは良かったんだけど。
 っていうのも、夏休み半ばからは暑くて外出る気にならなかったし、家で好きな本読んで映画見て声優の番組見て曲聞く〜みたいのが本当に幸せで外出る気無くなっちゃった。夜中に紅茶又は酒飲みながら映画見て、見た直後に寝ると変な夢見るからまーーた本読んだり声優番組摂取したりしながら、あさひにおはよう!っていう生活、最高なんですよ。それに、そんな生活の中でオタク的楽曲派繋がりでDIALOGUE+ちゃんに出会ったおかげで、久々に真剣声優オタクくんの顔つきになれたのでね。楽しかったからおっけーだよね…?
 そんなユートピア的な楽しかった引きこもり夏休みだったわけだけど、DIALOGUE+ の 「puzzle」東京公演で「夏の花火と君と青」で湧いた時、僕の夏が終わって義務の連関に再び引き戻されてしまった。頑張んないとね、現実の社会で生きるの。がんばるぞ!8人そろうD+のライブみるまで!

 あと怒られたくないから何度も言うけど、映画の感想は気分が悪くさせたら申し訳ない。でも実際僕が思ったことだし生暖かく読んでいただければ。てかそもそも、映画みてないと一ミリも楽しめない、読んだら不快になるかもしれない本当の掃き溜めをnoteに、というよりインターネット空間に投げ入れるべき?わからん。わからん。てかnoteは改行しても1行開けなくていいか?文語じゃないしいいかなとも思うけどわからん〜

 てか映画を考察するってどのようなことなのだろう。見て好きな解釈をウダウダいうのは楽しいし、実際このnoteはそんな感じだし。でも、やりすぎな「ここにはこーいう意図があって〜」みたい言説みると、これでいいのか?ってバカボンパパの顔つきになってしまう。シンエヴァの公開直前に激薄こじつけ予想してた連中は今何を何にこじつけてるんだろう。まあバルト的に言えば、テクストは織り上げられたものだから、それをどう考えるのかは読み手の自由であり、”快楽”であり…うーん… ”世界はこじつけでできている”?とかをちゃんとぐちぐち言えるようにおべんつよしなければ…


ってことでおわりだよ〜
おやすーん(古語)

あかみん


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