何なの、この台風は
外は台風で、ごーごー雨風が吹いてるの
こんな雨風だから、夜間時間外救急診療の患者(勇者)なんて、救急車以外よっぽどじゃないと来ないと思ってたの
なのに
何なの
電話口で頭が痛いって言うから、「どうぞ受診してください」って言ったの
薬を持ってないって言うから、「どうぞ受診して下さい」って言ったの
本人じゃなく17歳の娘ですって言うから、「どうぞ受診してください」って言ったの
こっちは日中もしっかり仕事してるの
夜中の2時だけど、優しく対応したの
するとどうだい
救急外来に現れた娘がけろっとしてるの
来る1時間前にバファリン飲んだって言うの
そんな娘がけろっとしてるの
電話を受けたのは30分前だったの
既にバファリンは飲ませてしまってるの
もう体の半分は優しさで出来上がってしまってたの
話を聞こうとしたの
娘に話を聞こうとしたの
するとその娘が喋らないの…そして母親のほうを向くの
母親だけが喋るの
俺は聞かないふりをして、娘に振ってみたの
その娘が喋らないの…そして母親のほうを向くの
その娘を喋らせようとして、半ば俺は意地になってたの
また再度その娘に振ってみたの
「ん~…今は…」みたいなコトをその娘が口走るの…そして母親のほうを向くの
言わせたかったの
「今は…」の続きを意地でも、言わせたかったの
だから「今はなんですか」って聞き返したの
そしたら娘が母親のほうを向くの
「少し大丈夫みたいです」って母親が喋るの
当たり前なの
来る1時間前にバファリンを飲んで来てるの
「何しにきたんだよ」っ言いたくなったの
ぐっと堪えたの
思ってるより自分が大人だったの
「今、症状がなくて良かったですね」俺は言ったの
でも俺泣いてたの…心の中で号泣してたの…
完全に敗北者になってたの…完全に打ちのめされてたの
一矢報いたかったの
雨風が吹きすさぶ外へ2人を無表情で叩き出すくらいの
一矢報いたかったの
救命や救急のキーワードを、これ見よがしに誇張して言ったの
でも無理だったの
ものともしてないの…仙人くらいの域なの
無理だったの
涙がこぼれないように、坂本九を歌い出すしかなかったの
ボスにひたすらメガンテかけてるような状況なの
もう耐えるしかなかったの
心の窓にトタン板を張り付け、釘を打つくらいしか出来なかったの
ブルブル震える、一番目の子豚みたいだったの
「去れ!去れ!」って祈ることしか出来なくなってたの
そんな
そんな台風のさなかに台風に襲われた物語…
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