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【読書感想】「嫌いなら呼ぶなよ」綿矢りさ

4つの物語が収録された「嫌いなら呼ぶなよ」は、「整形」「SNS」「不倫」「老害」をテーマにそれぞれ闇を抱えた個性的な人物たちが描かれている。今回は表題作の「嫌いなら呼ぶなよ」についての感想をまとめる。

主人公の霜月は妻の楓と二人で、妻の高校時代からの友人である森内萌華(通称:ハムハム)が夫と3人の子供と暮らす新居に遊びに行くことになる。そこでもう一組の家族、河原夫婦とその二人の子供でホームパーティーが開催される。楽しい一時を過ごしていると、大人だけ2階で集まる流れに。突然、主人公の霜月は妻の友人夫婦から自分の不倫について追求される。実は今回のホームパーティーは霜月の不倫を白状させるために企画されたものだった。

物語の中心は霜月1人対残りの大人5人による不倫裁判。この霜月がなかなかクセの強い人物で、怖いと分かっているのに見たいというか、臭いのに食べているうちに病みつきになる食材のような印象。

物語の序盤からそんな彼の素性の片鱗が溢れて出ている。

例えば、訪れた森内家の玄関マットを見ては「入る前に使えと無言で促してくる威圧感がもう無理だ」と心の中でつぶやき、玄関先に並べられたスリッパをには「必ず履いてから入場せよ、とまた圧をかけてくる。」とぼやく。もう最初から、もしかするとこいつはなかなかやばいヤツかもしれない感を出してくる。

 次のような表現はキツめだが少し共感できるような考え方も見せてくる。

 みんながマスクをしている場所で、あるいはマスクをしていない場所で、自分だけが反対の行動を取るのは、きらびやかなパーティー会場の真ん中でゲロを吐くくらい勇気が要ると知ったのは、いつだっただろう。好きなように生きてきたつもりでも、いかに自分がこの日常という舞台で、自分の役割を忠実に演じていただけだったのかを痛感する。(P117)

こういった霜月の嫌な奴感を少しずつ感じながら、ホームパーティーはすぐに不倫裁判へと様変わりする。

ここからが霜月の本領発揮といったところだろうか。

最初に不倫について聞かれた際に霜月は何を話すのではなく自分の声色を迷ったり、不倫の証拠写真を突き付けられた時は自分の写真写りの悪さに不満を抱く。そして妻が、不倫を疑うようになったきっかけから確信を持つようになった経緯までを説明する時には、頭の中で空想のインタビュアーにいかに自分がモテるかの一人語りを始めてしまう。

そう。彼は、悪いことをしたと全く思っていない。

やっと出てきた謝罪のセリフは誰が聞いても分かるようなどこか他人事で反省していないような内容。そんな様子を見てか、二組の夫婦と楓の言葉には徐々に熱を帯びていくも、霜月の自己正当化する心の声も強まっていく。

そして不倫を認める覚書にサインを迫られる霜月は、次のように思う。

 たださ、君たち関係なくない?
  権利があるからって、普通、寄ってたかって行使するか?
  一応暴力だろ。石でも言葉でも嫌悪でも。(P166 ) 

その通りだと思った。

憎たらしいと思える霜月のキャラクターもあり、この人物は読んでいる人をどこまでイライラさせてくるのか見てみたいという好奇心を持つ一方、当事者ではない二組の夫婦と同じように霜月を責め立てたい気持ちが混在しながら読み進めていたことに気づく。

不倫した全く反省の姿勢を見せせない霜月を完全な悪として、当事者でない物たちが悪を見つけたことによって生まれた正義感で追い詰めていく。そういえばソーシャルメディアでも似たような構図があるような気がする。その空間には、間違いを犯した人間と悪いことした人間にはどれだけ悪意に満ちた言葉で殴ってもいいと錯覚した人たちがいるように思う。

間違いなく自分が正しい状況で、自分が傷つくことない状況で悪人を懲らしめ、悦に入る。霜月に覚書にサインをさせ彼を追い出したハムハムはどこか満足気だった。

「嫌いなら呼ぶなよ」。そう言いたかったであろう霜月に自分の気持ちが近づいていたのを感じた。


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