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父の手品〜あの日のがっかり〜

私の父は一時期手品にハマっていた。

私が小学生の頃の話だ。

書籍とツルツルのトランプを購入し、熱心に研究していた。トランプ以外を使った手品も勉強していた。

隣町に手品の先生を見つけて毎週通っていたくらい、手品にのめり込んでいた。


そんな父がどこで手品を披露するかと言うと、私たち家族の前、そして父が営む観光農園だった。

桃ぶどうの観光農園で手品をする人は、私は父しか知らない。
他にもいたらぜひ教えてほしい。


当時父は手品だけでなく、観光農園で何かお客さんを楽しませる術をアレコレ考えていた。

店先に全長1mにもなる「紅三尺(べにさんじゃく)」という品種のぶどうを作ったのもその一環だろう。

そのぶどうはピンク〜薄紫の上品な色をしていながらかなりのインパクトを放っており、父が作った紅三尺にはひと房ごとに【売約済み】のタグが付いていた。地上5M近いぶどう棚にぶら下がるその大きな紅三尺を、お客さんが指名して予約をしていくのだ。

私は未だに紅三尺以上にインパクトのあるぶどうを見たことがない。
農園に来たお客さんがもれなく父の紅三尺を見上げる姿を、私はよく覚えている。



結論から言うと、この「観光農園での手品パフォーマンス」は残念ながらそれほど盛り上がらなかった。

父は当初、来るお客さん皆に手品を見せていたが、それが最後は女子大生グループばかりになっていった。
父の手品に付き合ってくれるのが女子大生グループだけになってしまったと言う方が分かりやすい。

父はたしかに熱心に手品を勉強し、披露できる手品の数も増えた。だが悲しいことに農園での手品の需要は思うほどなかったのだ。

見切りをつけた父は、最後にとてもいいリアクションをしてくれた女子大生にツルツルトランプをプレゼントしそれ以来農園では手品をしなくなった。



その当時テレビでは「ナポレオンズ」という手品コンビが流行っていて、私も毎週ナポレオンズの手品を見ていた。

おそらく父はそのナポレオンズの影響で手品にハマっていったと思われる。

ナポレオンズの本も持っていたし、彼らがテレビでやっていた簡単な手品を真似して私たち兄弟に見せてくれた。


ナポレオンズはくだらない手品から本格的な手品まで、巧みな話術で楽しく手品を見せてくれるコンビだった。かと言ってやたら賑やかな感じではなく、どこかシュールな雰囲気も醸し出していて、そんなとこも我が家のツボだった。

彼らの手品は、期待しながら見ると実にくだらなくて笑ってしまうこともあったし、また子供だましか!?と思っているとタネが見当もつかない正統派の手品だったりして、毎週私たち家族を楽しませてくれたのだった。


そんなナポレオンズの手品が毎週お茶の間を楽しませる一方で、観光農園での手品パフォーマンスは突如始まりそしてその夏のうちに終わりを告げた。
父の手品を見るのは家族だけになった。



ある日の夜、父は私と弟が学校に行く前の5分間これから毎日手品を見せると宣言した。

登校前に毎日とは厄介だなと思いながらも、私も手品が好きだったのでなんだかんだ面白そうだと胸躍らせ、私は手品開始前夜眠りについた。


そうして初日。

父はご自慢のトランプ手品を見せてくれた。

私たち兄弟はタネが分からず、父すごい!となった。

「夜、タネを教えてやる」と言ってニコニコしていた。

手品を見せてワクワクさせ、タネはその晩まで秘密にする。そうして子供の心を引きつけてから改めて種明かしをしあわよくば自分の株を上げる。そういう作戦だったのかもしれない。

そんな風にしてどうにかして子供との時間を作り、楽しませたかったのだ。
わが父ながら、本当に子煩悩な父親だ。


その夜タネを教えてもらった私は、なんとか真似できないかやってみたが、当時の私には難易度が高く、しかも話しながらトランプを扱うなんてできなかった。

私は代わりに「この中から1枚引いてください」というときによく見かける、トランプを均一に広げる技を教えてもらった。

自分で言うのもナンだが、私は手先の器用さには自信がある。しかもシンプルなセリフで完了するこの技はすぐに習得することができ、私は誇らしげにトランプを広げまくった。


そうして迎えた2日目もトランプ手品だった。

これは昨日とは違う仕掛けのトランプ手品で、1日目のタネを引きずってたら逆に解けないような手品を用意していた。やるじゃないか父!


いよいよ父を誇らしく感じてきた私と弟は、友達にも「お父さんが毎日手品を見せてくれる」と話した。

すると今度見に行きたい!と言ってくれる子もいて、それを父に言うとたいそう喜んでいた。

そして三日目。

父は今度はトランプではない手品を披露してくれた。コインを使った手品だ。

500円玉が手を通り抜けるというもので、見せ方をよく練習したのだろう、目の前で見てもわからなかった。

毎朝5分間、こんな風に楽しませてもらえるなんてなかなかラッキーな子供だ。父の思い付きも捨てたもんじゃない。


そして運命の4日目。この日事件が起きる。

父の手品はまたコインを使ったものだったのだが、それが本当にくだらなかった。

ナポレオンズにあこがれて手品を始めた父は、時にはくだらない手品を挟むことも大切だと考えたのかもしれない。

ただその手品は私が見てきたどんな手品よりもくだらなく、私は未だに「父の手品」というとこの手品を真っ先に思い出す。


それは1円玉を使う手品だった。

父は私たちに1円玉を見せ、今からこれを消すと言った。

そしておもむろに間横を向いてその1円玉消失パフォーマンスを始めた。


「いち、にの、さん!!!……あれ!!!ない!!!ほら!!!」

ない。父の指に挟まっていた1円玉がない。掌のどこにもない。

そしてふと父の顔を見上げると、脂性の父のこめかみに先ほどの1円玉がぺったりとくっついていた――。


子供というのは残酷なもので、一度のがっかりで物事に対しすっかり興味をなくしてしまうことがある。

父の手品に関してはこの瞬間がまさにそれだった。


思えば昨日の500円からずいぶん安くなったものだ。

小学生でも見慣れている1円玉が出てきた時点で、すごい手品は期待してはいけなかったのかもしれない。


私と弟は、父の「待ってくれ、5円玉でもできるんだぞ~」という言葉を背に、足早に学校へ向かっていった。

もちろん学校では父の手品の話はしなくなった。



父には申し訳ないが、その日から私たち兄弟の手品熱は一気に下がってしまった。

私と弟はツルツルのトランプでババ抜きをした。

たまに父に頼まれる形で、家庭内で父の手品を見る会が開かれた。


だがあのがっかりを経験してしまった私たちは、どういう期待を込めて父の手品をみればいいのか少々困惑していた。

正統派の手品を見せてもらった時にはやはりすごい!と思うのだが、父はナポレオンズにあこがれているからどうしてもくだらない手品を挟みたがる。

あの日、それで歴史が動いてしまったにもかかわらず、果敢にチャレンジをする父。ますますがっかりする子供たち。


ある日「ちょっと親指を引っ張ってくれ!」といわれ引っ張った瞬間におならをされたときには、父の手品もここまでくだらなくなったかと笑ってしまった。


だがそもそも趣味とはそういうものなのかもしれない。

好きでやっているのだから、周りの意見を気にして自分のやり方をホイホイ変える必要はない。父は趣味を極めるのが好きだから余計に、まずはとことんやってみようと考えたのだろう。


しかしさすがに子供たちの反応が悪くなってきた。

しまいには手品用に購入したトランプでババ抜きだ。


せっかくやるなら正統派の手品も面白いが、ふざけたくだらない手品もしたい。

だがそれには、正統派手品の何倍もの話術が必要だったのだ。


父はそれに気付いてから、自分には手品を極めることはできないと悟ったのか、徐々に時間を他の趣味に使うようになっていった。



そして我が家からマジックショーがほとんど消えたある日、弟の友達が家にやってきて手品を見たいと言った。

父は大喜びで張り切って手品を見せた。もちろん正統派手品だ。

するとその男の子は父の手品を見て、自分もぜひ手品ができるようになりたい!!教えてほしい!!と言った。

思わぬ展開だ。


だが父は、この手品にまつわる一連の経験から「手品は見せ方が大事」ということだけを彼に教えた。教えられるのはそれだけだった。

そして「いい先生がいるから紹介するよ」といって、隣町の手品の師匠に彼を紹介した。

そうして父の手品は幕を下ろしたのだった。



今私は一つとして手品ができないが、唯一「この中から一枚引いてください」のあのパフォーマンスだけは未だに体が覚えている。

そのシーンしかできないのであまり役には立たないが、カードを均一に広げるだけで娘はすごーい!と言ってくれる。


そして弟が手品をするところも見たことがない。

そもそも弟はあまり軽快にしゃべるタイプではなかったので、話術を伴う手品をしているところは想像もできない。


ただ忘れてはいけないのは、あの日父の手品を見に来た弟の友達だ。

彼はその後、本当に隣町の手品の師匠に手品を教わりに行き、いつのまにかプロのマジシャンになっていた。


あの頃はナポレオンズが流行っていたし、ミスターマリックの全盛期でもあった。テレビで手品を見る機会に恵まれていたように思うから「父の手品をきっかけに」なんてことはないのだろうが、あの日の少年がプロのマジシャンになったと聞いて私はいたく感動してしまった。


そして同時に、「同じ先生に師事しても芽が出なかった」と笑い飛ばす父のてかてかのこめかみを見て、今もこのこめかみには1円玉がくっつくのか試してみたくなるのであった。


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