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過去は変えられない――「きみの瞳が問いかけている」が描く贖罪の先に辿り着いた場所

人は過去を抱えながら今を生きている。たとえ平凡な人生でも、昨日までの人生は過去であり、決して変えることはできない。
映画「きみの瞳が問いかけている」は、抱えてきた過去と未来が交錯する贖罪の物語だ。

監督を務めるのはラブストーリーの名手・三木孝浩監督。これまで多くの小説・漫画原作の映画化を手掛けてきた三木監督にとって、今作は初の韓国映画のリメイク。主演には「僕等がいた」以来二度目のタッグとなる吉高由里子と、三木組初参加の横浜流星をキャスティング。ふたりの丁寧で確かな芝居と三木監督の手腕により、最高に純度の高いラブストーリーに仕上がっていた。

4年前の事故で視力を失った明香里と、天涯孤独で悲壮な過去を持つ塁。偶然の出会いで言葉を交わすようになったふたりは、徐々にお互いのことを知りながら惹かれ合っていく。光を失っても明るく前向きに生きる明香里の姿に、自分も過去ともう一度向き合い夢に再挑戦することを決めた塁。しかし幸せな未来が見え始めた矢先、ふたりの過去に思わぬ接点があったことを知り、塁は再び深い絶望の闇に落ちてしまう。

「過去は変えられない」
一番心に重く響いたこの台詞が、作品の根幹として全編を通して描かれている。この台詞は塁が育った修道院のシスターが、塁に伝えた言葉。塁は幼い頃から壮絶な経験をし、更に罪を犯した過去を持っていた。そして服役後も、その過去から抜け出せずにいた。もちろん彼が罪を犯したのは事実。しかし償いの気持ちを持ち続けながら”生き直す”こともできるはずなのに、彼はずっと贖罪の苦しみから逃れられずに生きている。そんな塁の生き方を苦慮し、「あなたを赦していないのはあなただけなのよ」と優しい眼差しで語りかけるシスターの愛が胸に沁みた。

そんな塁の人生に転機をもたらしたのが明香里だった。明香里のまっすぐな明るさは暗闇を歩き続けてきた塁に初めて”光”を与え、彼女のためにも今と未来を生きようと決意させる。日なたを歩き始めた塁の変化、特に瞳の輝きや翳りの消えた柔らかい笑顔がとにかく美しい。そして明香里の強さと、すべてを包み込むような温かさは眩しかった。お互いを信じる想いの強さが、後に再びふたりを追い込む絶望と立ち向かう勇気を与えたのは間違いない。

視力を失うと同時に大切な両親も亡くし、それでも前向きに生きる明香里は吉高由里子にぴたりとはまるキャラクターだった。彼女が屈託なく笑う顔は、見ている方も幸せな気持ちにさせてしまう力がある。まさに”陽”の人。
三木監督はヒロインの魅力を存分に引き出し可憐に美しく撮ることに定評があるが、今作でも吉高由里子の無邪気さ、可愛らしさ、自然体の魅力を余すところなく切り取っていた。しかしそんな明香里が自分と塁を繋ぐ過去の事実を知ったシーンでは、それまでの雰囲気を一変させる。心が壊れそうになりながら声を殺して涙を流す姿に、明香里の深い悲しみと塁への強い想いが伝わってきた。それはこれまであまり見たことのない吉高由里子だった。

視覚障がい者という難しい役どころも違和感なく演じており、役作りに相当力を入れたことが伝わってくる。特に料理やメイクといった日常生活の様子を丁寧に描いていたのが印象的。ここ数年は数多くのお仕事系作品で当たり役を演じている印象が強く、ご本人も「ラブストーリーは苦手」と言っているようだが、ストレートなラブストーリーのヒロインもよく似合うと感じた。

また塁を演じた横浜流星は、寡黙なキャラクターゆえ多くを語らない分、表情や仕草で心の機微を表現する演技が光っていた。元々瞳の演技には定評があるが、特に印象に残ったシーンが2つある。
1つは襲われている明香里を見つけ、狂気が宿った瞳で相手に本気で殴りかかった直後に、明香里へ憂いを帯びた瞳を向けるシーン。この時の塁の、瞬間的な表情の変化には思わず震えた。そしてこの出来事を機に彼の中に「明香里を守る」という絶対的な意志が芽生え、以後彼の表情は明香里と見つけたシーグラスのように角が取れてどんどん柔らかくなっていく。この変化の過程がごく自然に表現されているのがとても印象的だった。
そしてもう1つは明香里と自分の過去を知り、明香里を守るために地下格闘技のリングへ戻る決意をコーチの原田に伝えるシーン。「二度と戻ってこれなくなる」と必死で止める原田に対し、達観したような穏やかな瞳を見せる。自分の未来を投げ打っても、明香里への愛を貫く強い決意を秘めたあの表情には涙が止まらなくなった。

また横浜流星のもうひとつの魅力である”声”が、今作でも生かされていた。昨年公開の「いなくなれ、群青」や「チア男子!」では比較的高めのトーンだったが、今回の塁はかなり低めに抑えた声で演じている。それが塁のキャラクターに合っており、すんなりと耳に馴染むのだ。明香里と出会う前後の塁は、感情がほとんど乗っていない低く暗めの声。それが明香里との距離が縮まるにつれ徐々に声に温度が感じられるようになり、ふたりが未来の幸せを描き始めた頃には声にも優しさが滲み出てくる。やはり彼の声は唯一無二の魅力があると改めて実感した。

そして何よりも一番の見どころは、やはりキックボクシングのシーンだろう。極真空手の世界チャンピオンの経歴を持つ横浜流星だからこそ実現した、本格的な試合シーンは見事だった。プロの格闘家を相手に全く見劣りせず対等にぶつかっているので、まるで本物の試合を見ているような気になってしまう。彼自身も本格的なアクションシーンを演じることを目標としていたが、ファンとしても「こんな横浜流星が見たい」が完璧な形で具現化されていたことが本当にうれしかった。実は格闘技が好きだという三木監督が初めて手掛けた本格的なアクションシーンは、この作品がラブストーリーであることを忘れてしまうくらい迫力ある仕上がりになっている。ぜひ格闘技好きの方にも観ていただきたい。

今作が「最高に純度の高い大人のラブストーリー」であることは間違いないが、「贖罪の物語」という一面を持ち合わせていることも重要だと感じている。両親の死に責任を感じ続けて生きてきた明香里。自分のせいで人を死なせてしまった罪に苛まれてきた塁。そんな辛い過去を背負ったふたりが、更に残酷な運命で繋がっていたという事実を知った時、明香里と塁は別々の選択をする。しかし明香里がよく歌っていた「誰にでも帰る場所はある」という意味の歌詞を持つ「椰子の実」の歌が伏線となり、贖罪の先にふたりが辿り着いたラストシーンには涙腺が崩壊した。最後にふたりが交わした短い言葉が、いつまでも余韻として残っている。

過去は変えられない。それでも救いのある結末だったことに希望を感じる。
「彼女の目が問いかけている。僕は答えなければ」
その答えの先には、きっとふたりの新しい未来が待っているはずだと願うばかりだ。

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