「小さな夏、ぼくの秘密」【詩】
本当だよ
ぼくは一度だけ
時間をとめたことがあるんだ
あれはぼくがまだ小学生だったころ
学校のプールのさざなみが
まぼろしのように揺れている窓辺に
うんざりするくらいの蝉しぐれが
しみついていた午後だった
ぼくの眠気は最高潮で
まぼろしのようなチャイムのあとに
ぼくは先生に名前をよばれて
おもわず教科書に顔をうずめた
ピエロみたいに腫れた目で
追いかけたていたのは夢のなかの
あの子の影ぼうし
ああ ぼくの背中に翼があれば、なんて
雲の果てまで飛んでゆくのに……、なんて
ぼくを見かねた先生は
ぼくを廊下に立たせたよ
窓の向こうの校庭を一匹のノラが駆けぬける
空のかぎりをうめつくす積乱雲と
青い峰がどこまでもひくくつらなる世界……
そのときだった
ぼくは時間をとめたんだ
風も 蝉の声も静まりかえり
遠くの山脈がぼくにほほえみかける
時間が昼寝をはじめたよ
世界がぼくの味方になった
ぼくに
ひとりぼっちでないと語りかける
あのなんでもない光景が
それでもぼくにとって力づよい一瞬が
まるで千年の名画のように
あの日からぼくの心に張りついていて
いつまでもぼくを大人にさせてくれないよ
本当さ
ぼくはたったの一度だけ
時間をとめたことがあるんだ
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