あっきー / 桑島明大|詩と小説

小説家 / ミュージシャン / noteには主に詩を投稿しています / 2023香川菊…

あっきー / 桑島明大|詩と小説

小説家 / ミュージシャン / noteには主に詩を投稿しています / 2023香川菊池寛賞奨励賞、四国新聞読者文芸年間最優秀賞、2022伊豆文学賞優秀賞など/ 香川県出身 / 人の心を見つめつづける時代おくれの男になりたい

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『大いなる一瞬のための70万時間』【短編小説】

「そこのお兄さん。お兄さん、きみだよ、きみきみ」  帰ろうとしたところを呼び止められた。しわがれてはいるがいきいきとして明瞭な声が背後に響いた。僕はすこし躊躇ったが、仕方なく踵を返して、テーブル席に不安定に腰掛ける老人を振り返った。 「きみは、〝大いなる一瞬のための70万時間〟について、どう考える?」  僕ははじめて見るその老人を、瞬時に「ソクラテス」と命名した。おそらくは哲学に分類されるであろうその問いかけと、かれの浮浪者じみた身なりが、僕のイメージするソクラテス像そ

    • 「魔女」【詩】

      魔女にはじめてあいました あの暑い夏の昼下がり あなたという魔女に わたしはあなたが魔女であることが 一目でわかった あなたはどこにでもいる ひとりの少女のような目で わたしに魔法をかけました わたしはいまでは そのことさえも忘れてしまって いまでもあなたのそばにいる それから わたしはあなたが魔法をつかうのを ついに一度もみたことがない だけど わたしはおぼている わたしだけがおぼえている あなたがわたしだけに かけてくれた魔法のやさしさを

        • 「朝」【詩】

          どうしたの 夜明けみたいな顔をして いまだに月がひっこまないから きみはきのうなのか きょうなのか どうしたの 夕焼けみたいな顔をして あっというまに日は落ちるから きみはぼくのことがきらいなのか どうしたの 真夜中みたいな顔をして そんなに朝をまちこがれるなら ぼくのところへ遊びにおいで もしもきらいで なかったら

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        『大いなる一瞬のための70万時間』【短編小説】

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          >自分自身を引き受けるためには、むしろ他者とのかかわりが必要なんです。自分の言葉を受け止めてくれる誰かがいるという信頼が必要だと思います。 気持ちが内向きなときこそ、“書を捨てよ町に出よう”の精神を思い出した方がいいのかもしれない。 '24.4.13朝日新聞朝刊より

          >自分自身を引き受けるためには、むしろ他者とのかかわりが必要なんです。自分の言葉を受け止めてくれる誰かがいるという信頼が必要だと思います。 気持ちが内向きなときこそ、“書を捨てよ町に出よう”の精神を思い出した方がいいのかもしれない。 '24.4.13朝日新聞朝刊より

          「冗談」【詩】

          ナーシングホームの あかるく閉ざされた部屋 高い声の人たちが去り ふいにぼくらはふたりぼっちになる なんねんぶりの ふたりぼっちか かける言葉もなく また 当然のことながら かけられる言葉もない 地球はふいにしんとして あなたの荒い呼吸ばかりが 小さくとどくこの耳朶に あるいは いたたまれなく白い布団にふれるこの手のひらに たしかに ほんとうに あなたから 受けつがれたものがながれている 水を飲んでいるだけの人生は あと 二週間でおわるって ほんとうですか? あんなに体の

          「地球儀を売る」【短編小説】

           僕のうちはこの町に一つしかない地球儀屋さんを営んでいる。  地球儀を売るというのは、地球儀を売ったことがない人の想像する何倍も大変なことだ。僕自身、もちろんどこかの誰かに地球儀を売ったことなんてないから、つまりは僕の父さんと母さんは僕の想像する何倍も頑張っているということだ。  そんな二人の日々の頑張りに、一人っ子である僕は心から感謝しているし、二人を尊敬してもいる。けれど、だからといって僕も父さんのように地球儀を愛することができるかときかれると、僕は地球儀よりもアニメ

          「地球儀を売る」【短編小説】

          「ほんとうのこと(ことばについて)」【詩】

          寝たきりの おじいちゃんがしゃべった ことばではないことばをしゃべった よく晴れた春の朝だった とうにおじいちゃんは ことばをすててしまっていた たよりにならないことばなんか あてにするのをやめていた その朝、ぼくたちはことばよりも 高度なことばで話をし 挨拶なんか交わさずに握手をした そうだ、 ことばをたよりに暮らしてきたぼくとしては こどもたちに国語をおしえてきたぼくとしては それはずいぶんとこまったはなしだけれど それがほんとうなのでしょう ひとにとって 人生を存分に生

          「ほんとうのこと(ことばについて)」【詩】

          「きせつはずれのうみ」【詩】

          きせつはずれのうみがすき きせつはずれのなみおとが せなかをおしてくれるから ちょうしはずれのうたがすき ちょうしはずれのごせんふが じゆうをおしえてくれるから かけちがえたぼたんがすき ただそこにあることのほこらしさを そっときかせてくれるから

          「きせつはずれのうみ」【詩】

          「よびごえ」【詩】

          あっきー、と よばれたから ふりかえる あっきー、と よばれなくても ふりかえる この道は こんなところまで つづいていたのか ああ、お星さま あなただったのですか たったひとりで歩いてきたとおもっていた ついてきてよ、と よびかけてみる それは 一瞬、きらめいて またまっくらな空にもどる 道は雲をつきぬけ 海へとつづく なんにも怖くないぼくに 怖いものがあるとして それは じぶんを 忘れてしまうこと この道の途中で じぶんを忘れてしまうこと

          高松。春の瀬戸内海。波は穏やか、風はあたたか。人のいない海水浴場で、気持ちの良い午後を過ごしました。

          高松。春の瀬戸内海。波は穏やか、風はあたたか。人のいない海水浴場で、気持ちの良い午後を過ごしました。

          「声」【詩】

          隣席。 高い声でよく笑うママ友と よくある愚痴話に興じていた女が ふいにかかってきた電話にでて 母親の声にかわった。 どちらもほんとうのそのひと、 そのひとにとっての どちらもほんとうの声なのだろう。 その声ーーあらげていても 柔らかでも その声で怒り、いきどおる その声でいたわり、だきしめる わたしはその女の声の変化を 帰り道までおぼえていた。 わたしも この声で歌い、話し うそをつき ときに本当をいう。 わたし自身がなにものなのかいまだにわからぬまま この日々のうつろ