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子どもが言葉を覚えていく中で大人が意識したいこと

こんばんは。
先日、職場の2歳児さんのコミュニケーションについて書きました。今日はその続編というか、成長中の子どもの言葉について深掘りしてみたいと思います。

というのも、子どもとのやりとりの中で「あ、そうか。こういう時に「違う!」って言われちゃうんだろうな。」と感じたことがありまして。
大人に「違う!」と言われてしまうと、子どもは楽しくなくなったり、中には萎縮したりして、コミュニケーションを避けるようになることもあります。
とはいえ、子どもからの言葉が間違っている時、場にそぐわない時、そのままにしておくのも良くはありません。
正しい使い方、正しい言葉を知らないと、その子自身が後々困ることになります。

子どものコミュニケーションへの意欲を下げず、子どもの言葉を訂正するにはどんなことに気をつければいいのか。
これが正解!というわけではありませんが、私が気をつけていることを書いてみたいと思います。

職場の2歳児さんの成長について書いたnoteはこちら。

子どもから「つけて!」と言われて私が考えたこと

午睡時のことです。
ある女の子が布団の上で身を捩ったり、手足をバタバタさせたりしていました。ふざけているわけではないらしく、表情はもどかしげです。
私が近くにいることに気がつくと、その子は毛布を差し出して「つけて!」と。

つけて??
ピンとこなかったものの、まず考えたのは、枕を作ってほしいのかもしれないということでした。
その子は午睡時、毛布を畳んだものを枕にして寝つくことがあり、時々毛布を畳んでほしいと頼まれることがあるからです。
まだ言葉がはっきりしないお子さんなので、枕を作ってほしい時も「枕作って」と言われるわけではなく、状況から判断して「枕作ってほしいの?」と尋ねると、「まくら、つくって!」とたどたどしく繰り返します。
今回も、「枕作ってほしの?」と尋ねてみました。
すると、その子ははっきりと「つけて!」と繰り返したのです。

う~ん、これは枕じゃないな。
となると、なんだろう?つけて?

とりあえずぐしゃぐしゃになっていた毛布を受け取り、両手で広げながら考えていると、その子はにっこり笑って布団に寝転がりました。

あ、『付けて』だ!

広げた毛布を体に掛けてあげると、その子は嬉しそうに包まって目を閉じました。
私がピンときたのは、その子の直前の姿を見ていたからです。
身を捩ったり、手足をバタバタしたりしていたのは、ぐしゃぐしゃになってしまった毛布をなんとか広げて、体の上に掛けたかったから。
自力では難しいと判断して、私に毛布を直してほしいと訴えたのでした。

日頃のその子の様子、言葉の選び方を知っているのも判断の理由です。
まだまだ言葉の数が少ないながらも、自分が分かっている言葉を駆使して自分の意思を伝えようとしています。
正しくは「つけて」ではなく「掛けて」になるでしょう。
でも、その子の中にその言葉はなかったか、少なくともすぐに出てくる言葉ではありませんでした。
だから自分の中にある言葉の中から、毛布を自分の体に付けてほしいという意思を現すために、「つけて」を選んだ。私はそう考えました。


言葉はコミュニケーションの道具だから、伝われば間違ってはいない

極論だなとは思うのですが、子どもと接する上ではこのくらいの気持ちでいいのではないかと思います。
というのも、私はできるだけ子どもの言葉を「間違っている」と否定したくないんです。
理由は前述しましたが、それが子どものコミュニケーションへの意欲を下げ、コミュニケーションの機会を少なくしてしまうかもしれないから。
その上で、子どもに一般的な言い方を伝えていきたいと思います。

先ほどの布団の例で言うと、「つけてじゃないよ」とは言わず、「こういう時は『掛けて』って言うんだよ」と伝えます。

大きな違いはないように思われるかもしれませんが、ちょっとしたやりとりの積み重ねが子どもとの信頼関係をつくり、子どもの自己肯定感を育てます。
何気ない否定でも、積み重なっていくとどうなるか。
これもまた、コミュニケーションの道具として言葉を考えると、なかなか恐ろしいものがあるなと思うのです。
何気ないと思っているのは大人だけで、子どもにとってはどうなのか。
精一杯伝えた言葉が、すっぱり「違う」と返されたらどう感じるのか。

そんなことを考えた結果、伝えたいことはこちらに伝わっているんだから間違ってはいない!と受け止めることで、否定の言葉をなくすようにしています。
ちゃんと伝わったよ、分かったよ。
こういう時はこう言うと伝わりやすいよ。
この流れの方が、子どもも受け入れやすいような気がします。


子どもはシチュエーションと一緒に言葉を覚える

子どもってすごいな、と感じるのは、周囲で交わされるやりとりを見聞きして、そこからどういう状況で使う言葉なのか、何を伝える言葉なのかを理解している時。
子どもに聞かせるつもりで話したわけではない、先生同士の業務連絡さえしっかり聞いていて、理解していることがあります。

中には、耳慣れない言葉を覚えたのが嬉しくて、とにかく言ってみたい!という思いだけで出てくる言葉もありますね。
ちょっと背伸びした様子が可愛いものです。
以前、ある男の子が登園して「頻繁に雨がふるって、テレビで言ってたよ」と言ったこともあります。
その時、頻繁という子どもらしからぬ単語に驚いて、分かっていて使っているのかと確かめた先生がいました。
頻繁という言葉の意味を説明はできなくても、使いどころはしっかり理解していたそうで、毎日見ている天気予報から覚えたようでした。

子ども同士のやりとりを見ていても、うまいな~と感心する子はうまく見聞きしたやりとりを自分のものにしています。
お兄ちゃんお姉ちゃんからの情報もあるかもしれません。
自分が見聞きしたものをうまく使って、自分の思いを通していくのが抜群にうまい子がいるんです。
そういう姿を見ていても、やっぱりコミュニケーションは実地で数をこなすことで磨かれていくんだなぁとしみじみと感じます。

心理的安全性は子どもにも必要

『心理的安全性』は子どもの成長にも欠かせないものです。
間違ったことを言っても否定されない。
うまく言えなくても攻撃されない。
その担保があると、子どもはどんどん表現して、どんどん学んでいきます。
子どものうちは言葉を間違って覚えていたり、はっきり発語できなかったりするものです。焦らず、正しいものを伝えながらも、子どもなりの表現を受け止めて楽しめたらなと思います。

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