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「夜は怖くない」(詩)

夜が怖くなくなって、と言葉を放り出そうとして
すぐにその腕を掴んだ

夜は ずっと怖いものではなかったじゃない
いつも 両手を包むみたいに
静かに
わたしのまわりに満ちてくれて
あっさりと時が経てば
抱いた身体を放して去っていく

姉の三つ編みのような
母の後姿のような
見上げる父の うすく影をつくる表情のような
わたしの作り上げた うつくしい幻の全てを
夜は演じて
さらに深めて返してくれていた

あたたかな猫を抱いて
時々 祖母の語る 昔話を耳に掛けながら
夢へ歩いた夜に
怖いことはなかったはずだ
そうなのだけれど そっと
その過ぎたうつくしさの腕には
誰も もう語ることのない死のにおいが染みついたままだったから

それを無意識に嗅ぎ分けて
わたしは泣いたのかもしれない
涙を隠すのに苦労のない夜の中
わたしは泣くことになったのかもしれない

夜が怖いと
言ってみたくなるほど
わたしは泣いたことがあったのかもしれない
夜の底での地面の感覚は
私の
(誰かの)
落としてきた涙のためであるのかしら
なんて
甲高く涙が落ちて鳴った

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