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「私」(詩)

たとえば
兄に殴られたとき
母に「私の母」という名を返上したとき
四階建てマンションの屋上で下を見つめながら
途切れることを考えたとき

「逃げなさい。
逃げてきなさい。
どこでもいいし、ここでもいいから」
そう言われたあのとき

たとえば逃げ出すことを選んでいたら
今の私はいないのかしら

きっと夜 もしくは早朝
びくついた早足で 
背中だけは真っ直ぐに意地を張って
逃げおおせた私が夢でも幻でもなかったら
それは今の私とは全くちがう私を
どんどんと歩いていっているのかしら

深く辿るように
捩じれて絡まって片結びをあっちにもこっちにも作った糸を解し
その道筋の私を見守ってみる
そして直感で唐突なほどの真実を実感してしまった

私は
私のままこの時と同じ時刻
立っている
どんな糸を編み上げようと

私は
私という収束を魂の中に持っているのだと

ほっとするような
少しがっかりするような
この心を面白いと笑う

おそらく様々な道の上の私も
今、
奇遇にも同じ感覚の中
笑っている気がする

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