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【星が瞬く遠く】(ちいさなお話)


 ねえ君、今もお利巧にしているでしょうか。私のことは、もうそれほど覚えていないかもしれませんね。全く構わないのですが、勝手に私は淋しさを噛み続けています。味は冷たく、歯と舌を戦わせます。色は、きっと青いのでしょう。あの星のように。
 ねえ君、夕焼けが怖いと泣いたことを覚えていますか。どこまでも広く、雲を染め上げる夕焼けでした。川を流れていく光は儚く、それは息を引き取るように暗闇に喰らわれていきましたね。あの赤に、君は何を見ていたのでしょう。
 私はよく、夜になると咳をしていました。それこそ血を吐いたのではないかと思うほどの咳を。そんな時、君が心配そうに寝返りを打つから、私は仕方なく寝床を出て、星の下で過ごしたものです。寒い夜でした。雲は明るく、星は数を増やし続けていました。果たして、そのいくつが今も瞬いているでしょう。何とか咳の治まった体を抱きしめ、帰った布団の中、丸くなって眠る君の頬に、私はいつも慰められていました。冷たい手だったので、触ることを躊躇ってしまいましたが、一度くらい触れさせてもらえばよかったと、今さらながらに思っているのです。
 ねえ君、星座を覚えましたか。数はいくつまで続くでしょうか。私も知らない言葉を、物語を、その目はどれほど食べたのでしょう。大きくなったことと思います。それはもう、若木のように。青く、太く、高く、清々しく。空を歌うように大きくなっているでしょう。そこに私の面影はあるでしょうか。星の瞬きのように。もう見ることは叶わない君。そのそばで。それは君に気付かれることもなく、一瞬で沈んでしまうものでいいのです。
 寂しいと、言えるはずがありません。寒いとさえ言うべきではないのです。ただ、君が見上げる星が美しく映りますように。君の頬を濡らす光が、あたたかでありますように。願うばかりなのです。

 


九月の一回目の文芸会で発表したものです。
先月の二回目のものと対になっています。


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