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【夜空】(ちいさなお話)


 お母さん、今日ね、学校で気持ち悪いっていわれました。この目も手も鼻も腕も、とっても気持ち悪いんだって言われたのだけれど、いかが思われますか?

 お母さん、幼い日に火傷をくれてありがとう。あの傷があるから、今のぼくはまるで太陽の仲間のような気持ちで胸を張っていられるのです。痛くはなかった。もう二度と、この傷は痛まないから、心配しないでいいんだけど、不思議だね、お母さんにはぼくの心が聞こえない。

 お母さん、朝目が覚めたら真っ暗で、どこにもあなたはいない気がしました。どうしてでしょう?どうして。いつでもお母さんはここに居るといいました。間違いはないのでしょう?夜は長く、雨は冷たく、季節はまだ夏なのに、どうしてこんなにぼくは頭が痛いのでしょう。お母さん。

 お母さん、夕餉は未だ割れた茶碗を使っています。ごめんなさい。だって、あれしかないんです。箸は短すぎるし、布巾の穴は大きくなるばかりですが、それでもあなたがいた頃と大して変わりはしないです。いつまでもこのままにしておきますから、お母さん。

 ねえ。ねえ、お母さんの目には、何が美しく見えますか。ねえ、お母さん。この頃の星は見えますか。それともずっと先の星空が見えているのでしょうか。お母さん、ぼくの目には宇宙が煌めいています。あなたのくれた黒い目が、ぼくの世界を彩ります。お母さん、触れないその手のなかに、どれほどの苦しみを持ち帰ってもかまわないのです。それでも。

 お母さん、あなたの耳に聞こえていますか、この鼓動。お母さん、あなたの胸と同じ音です。お母さん、ねえ、あなたはやさしくしてくれていたのでしょう?言葉で僕を呼んでもくれたのでしょう。もう少しですか。もう少しでしょう?お母さん。こぼれる宇宙に、ぼくは居ません。お母さんの胸があたたかくありますように。


(8月二回目の文芸会での原稿)

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