いらない子

いらない子

 薄暗い部屋の中、カオルは一人でベッドに座っていた。壁には剥がれかけたポスターが貼られ、古びた机には埃が積もっている。窓の外からはかすかに街の喧騒が聞こえてきたが、その音もカオルの心には届かなかった。

 「いらない子…」

 彼の心には、その言葉がずっとこびりついていた。両親は彼に関心を示さず、学校でも友達ができなかった。誰も自分を必要としていないと感じる日々が続いていた。カオルは、自分が存在する意味を見失っていた。


 ある日、学校からの帰り道、公園のベンチに座っていると、一匹の猫が近づいてきた。やせ細った体に、汚れた毛並み。猫はまるで自分と同じように見えた。カオルはそっと手を伸ばし、その猫の頭を撫でた。

 「君も、いらない子なの?」

 猫はカオルの手に顔を擦り付け、まるで答えるようににゃあと鳴いた。その瞬間、カオルの胸に小さな温かさが芽生えた。彼は猫を抱き上げ、自分の部屋に連れて帰ることにした。

 部屋に戻ると、カオルは猫に水と食べ物を用意し、バスタオルで体を拭いてあげた。猫はカオルの膝の上で丸くなり、安心したように眠り始めた。その姿を見て、カオルは微笑んだ。

 「君は、僕が必要なんだね。」

 その夜、カオルは猫と一緒に眠った。小さな体温が彼の心を癒してくれるようだった。次の日から、カオルの生活は少しずつ変わり始めた。猫の世話をすることで、彼の心には少しずつ生きる意味が生まれてきた。

 ある日、カオルは学校でクラスメイトのサエコと話す機会があった。彼女は猫好きで、カオルの猫の話に興味を持った。

 「名前は何て言うの?」サエコは興味津々に尋ねた。

 「まだ決めてないんだ。でも、君がつけてくれたら嬉しいな。」

 サエコは少し考えてから、「じゃあ、『ミライ』ってどう?未来に希望を持てるように。」と提案した。

 「いい名前だね。ありがとう、サエコ。」

 それから、カオルとサエコは毎日のように話すようになり、少しずつ友達になっていった。カオルの心には、新しいつながりが生まれていた。

 ミライとサエコとの出会いは、カオルにとって大きな転機となった。彼はもう、自分が「いらない子」だとは感じなくなっていた。自分の存在が誰かにとって意味のあるものだと知り、心に希望が灯った。

 ある日、カオルはミライを抱きながら、窓の外の景色を見つめていた。夕焼けが空を染め、街がオレンジ色に輝いていた。

 「僕たち、これからも一緒にいよう。ミライ。」

 ミライはカオルの腕の中で小さく鳴き、彼に寄り添った。カオルの心には、もう孤独や無価値感はなかった。彼はミライと共に、新しい未来へと歩み出す決意を固めたのだ。

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