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ごてんまりは「伝統的」だから素晴らしいの?

こんにちは。秋田県由利本荘市でごてんまりを作っています〈ゆりてまり〉です。

この間カフェでコーヒーを飲んでいたら「それ、ごてんまりですよね?」と店員さんから声をかけられました。
ごてんまりに興味を持ってくださる方が増えるのは大変嬉しいです。

ラボラトリオ コーヒーとごてんまり

わたしは顔と名前を出して活動しているので、ごてんまりについて取材やインタビューをしていただくことがあります。
その際に「おや?」と思うことがあります。
皆さんごてんまりを伝統的だと思っていて、「伝統」=素晴らしいもの、善きものと思い込んでいるらしいのです。

つまり、ごてんまりは伝統的なものだ、だから素晴らしい、いいものだ、という思いがある。
そしてごてんまりを作っている〈ゆりてまり〉も、だからこそ素晴らしい、〈ゆりてまり〉に取材して、ごてんまりの素晴らしさをみんなに伝えなければならない! と考えるらしいです。
多少の違いはあれど、わたしに連絡をくださる方は、大体こういう思考コースをたどっていらっしゃいます。

しかし残念ながら、本荘のごてんまりが「伝統的」と言えるかどうかはかなり微妙な問題です。
2021年10月現在、ごてんまりは秋田県の伝統工芸品に認定されていません。

100年続いているという確証がないので、ごてんまりは県のレベルでも地域の伝統工芸品として認められていないのです。

また、地域の名前の付いた「本荘ごてんまり」は、まりの左右と下方の三方に房が付いたもので、全国でもここだけという唯一無二の特徴があります。
まりに房が付いてしまえば手でついて遊ぶことができず、手まりとしてもはや遊び道具には適しません。

吊るし 展示会 資料館


本荘ごてんまりは、手まりでありながら、もとの性質を完全に否定した異端児であり、三つの房が付いた唯一無二の特徴があるという点で、手まり業界では革新的な存在です。

ごてんまりを生んだ土地柄も独特です。
由利本荘市以外に手まりで有名な地域はたくさんあるのですが、全国規模の手まりコンクールが行われているのは、今も昔もこの由利本荘市だけです。
もし由利本荘市が「伝統」にこだわる土地柄なのであれば、全国各地から広くまりを募集して展示する全国ごてんまりコンクールは、むしろ開かないのではないでしょうか。

他にも由利本荘市では、めちゃめちゃデカいごてんまりを作ってギネス記録を取ったり、ごてんまりで金色のサッカーボールを作ったりするなど、次々新しい表現に挑戦しています。

サッカーボール  ビアン

そういった事情があるので、「本荘のごてんまりって伝統的だよね。だから素晴らしいよね」と言われると、わたしは「いや、違う」と言いたくなります。
取材してくださった方の中には、「実際に取材してみて、ごてんまりのイメージが変わった」とおっしゃる方もいらっしゃいます。

反対に、わたしがいくら説明しても「ごてんまり=伝統的」のイメージを強固に保持する方もいらっしゃいます。
そういう方は「ごてんまりは地域の伝統工芸品。高齢化の影響で作り手も減少し、伝統は失われつつあるが、ここに伝統を受け継いで活動する期待のホープが登場!」のような文脈でわたしのことを語ろうとするので、やっぱりうまくいきません。(わたしがキレるからです)

くまとまり 小さい作品

そういう紹介の仕方は、まったく事実を反映していませんし、「ごてんまりは伝統的なもの。新しいものに変えるべきではない」というイメージを流布し、さらに若い人やクリエイティビティ精神を持った人たちを遠ざけてしまう可能性があります。

ごてんまりは、「伝統的」だから素晴らしいのでしょうか?
違うと思います。
「伝統的」という言葉に頼らなくても、まりの素晴らしさを表現する言葉は他にあるはず。
まりは配色の妙であるとか、かがっているモチーフは何であるとか、糸を何本取りで使うかといったところに、それぞれ個性が表れます。
「ごてんまりは伝統的で素晴らしい」と格式張らずに、まずはまりを見て、自分が感じたことを素直に表現してみたらいいと思います。

「このまりはスイカみたい! こっちはメロン!」とか、「黒でビシッとしててかっこいい!」とか、「ラメ糸がキラキラしているから好き!」とか。

なんでもいいのです。
「伝統的」などという曖昧な言葉を使われるより、作家としてはそっちの素直な言葉の方がよほど嬉しいです。
そしてもし本気で「ごてんまりは伝統的だから素晴らしい」と思っているのであれば、ごてんまりの歴史を勉強していただきたいなぁと思います。

まり並べ








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