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ワンダーガーデン

 私には幼い頃から不思議な力があった。
 紙に一枚の絵を描くと、それが実体化するのである。
 食べ物や飲み物の絵を描くと、実際に食べたり飲んだりすることできるし、玩具を描くと動いて遊ぶことができた。
 面白いことに、絵を描く媒体によって味や動きに変化が加わるのである。例えば、水彩ペンで描いた饅頭は水のように優しい口どけで、さらりとしたこしあんになっていたし、油性絵の具で描いた野菜ジュースは不揃いに果肉が残り、どろりとした嫌な喉ごしであった。クレヨンで描いたミニカーはデコボコに走ったのである。
 この秘密は友人にも両親にも話さなかった。この秘密を、この不思議を、私だけが独り占めしたかったからだ。
 私利私欲のために力を使っていた昔と違い、主婦となった今は五歳になった娘のために絵を描くようになっていた。
 なかなか子宝に恵まれず、長年、不妊治療を続けた上で生まれた娘なので、いけないと分かっていてもとやかく甘かしてしまう。
 夫がいない為、娘が余計に私へ懐いてくるのも拍車の一つになっているのだろう。昔はいたのだ。いたのだけれど、私が子どもの産めない体だと分かってからは、すぐに別れてしまった。
 夫の子ではない。その事がどこか、娘に対する罪悪感を伴わせていた。顔立ちや振る舞い、趣味嗜好などが私にも夫にも似ていない事を考えると、本当に私の娘なのかと揺れてしまう。
 娘は私が実体化した玩具には目もくれず、ひたすら絵を描いていた。前に一度だけその理由を聞いてみたら「おかあさんがえをいっぱいかいてくれるから、わたしもかいてみたくなったの」と言ってくれた。それが嬉しくて何も言えなくなってしまった。
「おかあさん」
 ふと、娘が私の横に立っていた。
「なんかかいて」
 娘に催促されるままにパレットを取り出す。そこに七色の絵の具を並べて、まっしろな紙に虹の絵を描く。やがて時間が経つと虹の絵が滲んでいき、やがて七色に輝きながら部屋の中を漂う。
 電機を消してカーテンを閉めると、虹はプラネタリウムのようにも、ステンドグラスのようにも見えた。娘が「きれい」とほうける。
 しばらくの間、虹を眺めた。電機を付けて、夕食の支度を始めようとすると、娘は先程の虹に触発されたのか、紙にクレヨンで何度も絵を描き始める。動物や花の絵などを一心不乱に描いていた。
 楽しそうな娘を横目に、私は夕食の仕度をする。その時だった。
 娘が「みてみてー」と私を呼び、足下に駆け寄ってくる。
 その小さな手には、実体化した虹が浮かんでいた。
 やはり私の子だと愛おしく思い、強く抱きしめる。涙がポロポロと落ちた。涙の触れた先から娘が滲んでいき、やがて娘は一枚の絵に戻る。それでも、私の子なんだと思える事が今ならできる。
 鈍い虹の光が、この部屋と私だけを包み込んだ。

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改めまして、秋助です。主にnoteでは小説、脚本、ツイノベ、短歌、エッセイを記事にしています。同人音声やフリーゲームのシナリオ、オリジナル小説や脚本の執筆依頼はこちらでお願いします→https://profile.coconala.com/users/1646652