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#5 AI時代とわたしたちの表現の話

「ethnodivingの裏側」は、ethnodivingというプロジェクトを企画/運営する中で僕の頭の中に浮かんでいるアレコレや運営チームの七転八倒を週1くらいのペースでお届けするnoteです。

ethnodivingにこれまで関わってくれた人は、これを読んでまた一緒にethnodivingを盛り上げてくれたら嬉しいです。「ethnodivingってなんだろう?」って思って興味をもってくれた方はこれを機にethnodivingのことを知ってほしいです。(instagramのフォローもぜひ!)

こんばんは、イケガミです。
週1更新とはなんのことやら、前回の記事から3週間も空いてしまいました。なんか1回逃すと次の筆が重くなる、この病に病名をください。

さあ、気を取り直してethnodivingの裏側 #5 をお届けです。

それでは、レッツラドン!
(ところでレッツラドンって何?)


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何を言うか、よりも、どう言うか
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今回は最近僕がぼんやり思ってることを書き殴ってみようと思います。タイトルにある通り、AIのお話

近年は情報の分断が進んでるから、「みんなが話題にしてるアレ」は存在しなくなってるなんて話がありますよね。同じインターネットにつながってるはずなのに自分のスマホと隣の人のスマホの中身はてんで別物。(フィルターバブルなんて言い方したりしますね。)

なので、このnoteを読んでくれる方々にとっても「最近話題のAI」の情報量の差がある。その前提で話をしていこうと思います。僕もその筋の人ではないので本当に最新情報を掴んでいるわけでも技術を理解しきってるわけでもないので、そこもご容赦。


てわけで本題ですが、「Midjourney」(こんな絵を描いて!というと絵を描いてくれるAI)がでてきて盛り上がったのが去年の秋口、それに盛り上がったのも束の間、「Chat GPT」(チャット形式で会話できるAI)でAIの進化に戦慄したのが去年の11月頭、なんとなくChat GPT聞いたことあるって人が増えてきた気がするのが今年の2月頃。岸田首相とChatGPTをつくったOpenAI社CEOとの面会のニュースが流れてたから、お茶の間ももうそろそろ知らないじゃすまないとこまできた感じもする。その間にも文字起こしやら音楽トラック制作やらついには動画制作まで、AIの精度はがんがん上がってます。
#GPT-4 #とんでもないクオリティらしい

どのAIも触ったことないよー!なんて方もまだ多いようなんですが、とにかくどれもこれもやばい。僕の語彙力は瀕死してますが、AIの流暢さはうなぎのぼり。

クリエイターたちの中では、「最近のAI事情なんて全然知らない(興味ない)人」と「AIに仕事を奪われると恐怖している人」と「楽しんでAIと協業しようとする人」とで分化してる印象。

さて、ethnodivingを企画している僕からしても、このAIの進化は当然無視できない状況なわけです。なぜならethnodivingでは、ethnodiverたちに地域に飛び込んでリサーチをしてもらった後、自分が感じとったことや興味があることを深堀りしてもらって、それを誌面に「表現」してもらうからです。たとえばエッセイを書いてもらってもいいし、風景を絵にしてもらってもいい。その地域で採った映像や音から動画や音楽をつくってみる、なんてのもOK。(その場合はネット上にアップして誌面にはQRコード貼ってもらったりとか工夫します。)

じゃあそのエッセイ、イラスト、映像、それらをつくるのにAIを使うのはどうなの?

ハイ、僕個人としては大歓迎。
なんたって僕はAIと協業したい派だから。

だけど同時に考えたいのは、
そのAIを使って、「どう表現するか」

AIって(少なくとも今の所は)ツールであって、使い方によって全然できあがるものが変わってくるんですね。どんどん使って、使い方がうまくならないとその人ならではの表現にはたどりつかない

たとえばAIを使って書く文章ってさ、語尾とか言い回しとかが全然自分らしくないんです。やっぱり文体って個性でるじゃないですか。たまたま集まった数人の、それぞれの個性が滲み出してくるのがethnodivingの良さだと思っているので、「AIを使って表現の幅を広げること」と「個性が引き出されること」をいかに両立させられるか。それをいかに我々運営がサポートしてあげられるか。そこが結構肝心かなって。

昔、僕の恩師である建築家の西沢立衛さんが、「僕は『何を言うか』もさることながら、『どう言うか』に興味がある。」って言ってたのを思い出す。

この大AI時代、「どう言うか」にこだわってみませんか?


以上、ethnodivingの裏側でした。

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お知らせ
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最後にお知らせです。

今月4/23(日) 17:00から、中野坂上と東中野のちょうど真ん中にあるオシャレなカフェバーなかなかのにて、
「もぐる場 ~ethnodiving vol.3 briefing session~ in なかなかの」
を開催します!

ethnodiving vol.3参加してみたいかもって方向けの説明会&交流会
です。
ぜひ、お友達とふらっとお立ち寄りください。
もちろんおひとりでお越しいただいても大歓迎です!


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おまけ
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せっかくAIの話をしたからさ、似た内容でChat GPTに文章書いてもらいました。以下、1文字もいじってません。この文章がものの数秒で書き上がるんだから、すげえっすね。

─────以下、AIによる

AIの技術が進歩し、日々の生活においてもますますその存在が浸透してきている。例えば、文章作成の分野でもAIの活用が進んでいる。文章作成のツールを使えば、手軽に簡単な文書を作成することができるようになった。しかしその一方で、AIが書いた文章には、まだ人間ならではの感性や魂が欠けているように感じられる。

エッセイを書くことは、一見すると技術的なものではなく、むしろ感性的なものであるように思われるかもしれない。しかし、実際にエッセイを書いてみると、その難しさに気づくことができる。エッセイは、自分自身の思考や感情を文字にすることで、読者に伝えることができる作品である。そのため、単に「何を言うか」ではなく、「どう言うか」が非常に重要なのである。

建築家の西沢立衛さんは、「何を言うか」よりも「どう言うか」に興味があると言われている。これは、建築家としての彼が持っていた感性が、文章作成にも通じるものであると言える。西沢さんが言うように、エッセイは単に内容を伝えるだけではなく、その表現方法が非常に重要である。

AIが書いた文章は、単語や文章の構成は正確であるものの、その表現方法に魂がないという印象を受けることが多い。人間が書いた文章は、その人ならではの表現方法があり、その表現方法には感性や魂が宿っている。このような表現方法を持った文章は、読む人の心に響くことがある。

AIが書く文章には、まだまだ改善の余地がある。特に、エッセイを書く場合には、表現方法に魂が宿っていることが重要であるため、その点を向上させることが必要である。もちろん、AIが書いた文章にも一定の需要はある。例えば、事務作業などで必要な文書や、単純な説明文などにはAIの技術が有用であることは間違いない。しかし、エッセイのように、自分自身の思考や感情を文章にする場合には、まだまだAIの技術には限界があると言える。

しかし、AIの技術は日々進歩しており、今後もさらに向上していくことが期待されている。将来的には、AIが書いた文章でも人間が書いた文章に近い表現方法を持つことが可能になるかもしれない。そのような時代が来た際には、人間が書いた文章とAIが書いた文章の差は、ますます縮まっていくことになるだろう。

しかし、そうなったとしても、人間が書いた文章には、感性や魂が宿っているという点が、AIが書いた文章との大きな違いとして残ることになるだろう。エッセイを書く際には、単に情報を伝えるだけでなく、自分自身の思考や感情を文章に表現することが求められる。そのため、AIが書いた文章とは異なる、人間ならではの感性と表現方法が求められる。

結局のところ、AIが書いた文章と人間が書いた文章とは、それぞれに長所と短所があると言えるだろう。AIが書いた文章は、正確性や迅速性に優れる一方、感性や魂が欠けていることがある。一方、人間が書いた文章は、感性や魂を持つ一方で、正確性や迅速性には劣ることがある。両者のバランスを取りながら、最適な文章を作成することが、今後ますます求められるようになるのかもしれない。


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#ethnodiving#zine#クリエイティブ#共創#地域文化

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