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大人になるとは

大人になるの言語化で最近スッキリしたので書いてみる。

自分の中で今のところ、大人になるとは、「視点の数×継続時間が大きくなっていくこと」で終着した。

視点の数でいくなら、小学生のころに「相手の気持ちを考えて」とよく言われた。それが大学生になってようやく分かるようになってきたが、さらに上は第三者目線で考える。さらに上はその構図を俯瞰して見る。どこにどんな影響があるか。だれがどのように思うか。あの人ならどうするか。次元も単位もごちゃまぜだが、それらの視点の数が多ければ多いほど、選択肢は増えてくるし、選択の正答率も上がってくる。

継続時間も大事である。一人の時間にボーっと考えていたら、わりと俯瞰して考えることはできると思う。問われるのは急な展開になったとき、考える余裕がなくなったときだ。例えば、仕事終わりで疲れ果てている帰路の中、酔っ払いのあほ大学生集団に絡まれたらどうだろうか。例えば、仕事が忙しい中、無能な部下が何回も同じことを聞いてきたらどう思うだろうか。時間をおいて冷静になることはできるが、その瞬間には急に一人称視点に戻って怒りが沸き上がるだろう。つまり、感情を理性で制御できなくなる瞬間である。

視点の数を増やしながら、その状態をいかなるときでも持続し続けることが大人になっていくことだろう。

今の自分にはとっても難しく感じるから、息抜きの相手は生涯必要なんだろうなと感じる。

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