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ハッカ太郎 #ショートショート

佐久間製菓(株)が廃業へ。
この空き缶ってなんか捨てられないんですよね。
昔書いた童話です。


拓人はサクマ式ドロップスの飴が大好きです。サクマ式ドロップスの飴は金属製の缶に入っていて、開け口が小さいため中が見えず、味を選んで取り出すことができません。でも、それがいいのです。

イチゴ、レモン、オレンジ、パイン、リンゴ、ブドウ、チョコ、そしてハッカ。もちろん拓人はチョコが好きだけど、チョコばかり食べるのもつまらない。だから、缶を逆さまにして何味が出てくるのかわからないサクマ式ドロップスは、わくわくするのです。

でも、ハッカが出てきたらものすごくがっかりします。拓人はハッカが大嫌いです。だから拓人はいつも、ハッカが出てきたらゴミ箱に捨てていました。その日もお母さんが言いました。

「拓人、また飴を捨てたでしょ! 食べ物を捨てるなんて、バチが当たるわよ」
「だって、飴のくせにスース―して歯磨き粉みたいだし、こんなの食べ物に思えないよ。これを飴にするなんて、どうかしてるよ。そうだ、今度からお母さんにあげるよ」
「いやよ。わたし、ダイエット中でお菓子絶ちしてるもの」

飴を捨てることを今までも何度かお母さんに窘められていたのですが、そのたびに拓人は聞き流していました。その夜、拓人が飴を食べながらゲームをしていると、突然、背後で

「こら!」

と声がしました。振り向くと、ドアの前に全身緑色の大男が立っていました。男の体はプロレスラーのように筋骨隆々で、顔が無く、顔のある場所に巨大な葉っぱが乗っていました。

「うわあああああ!」

拓人は驚きのあまり、持っていたサクマ式ドロップスの缶を床に落としてしまいました。飴がそこらじゅうに散らばりました。

「私はハッカ太郎だ。なぜ、お前は私を差別する?」

口が無いのに、巨大な葉っぱが喋っています。喋るたびに、彼の立っている方角から強烈なハッカのにおいが漂ってきます。

「ハッカ太郎? 葉っぱのお化けじゃないか」
「お前は何も知らないんだな。薄荷ハッカというのは、ミントの日本語だ。ミントというのは、そうだな……喫茶店のアイスクリームの上に小さな緑色の葉っぱが乗っているだろう。あれだ」
「あー、あれか。絶対よけるけど。要らないじゃん、なんであんなものを乗せるの?」

「それはな、甘いものを食べる時、たまに辛いものを口に含むと口の中がさっぱりするからだ。サクマ式ドロップスのハッカも同じ原理だ。それに、ハッカには殺菌作用があり、食中毒から守ってくれる役目もあるんだ。刺身のワサビもそうだ」
「刺身のワサビは割りと好きだな」

ワサビに負けたのが悔しいのか、ハッカ太郎はひとつ咳払いをして言いました。

「ハッカはとても大事な役目をしているのだぞ。それなのにお前はいつも、私を邪魔扱いする。ずっと我慢してきたが、堪忍袋の緒が切れた。お前をこらしめてやる」

言いながらハッカ太郎は、拓人に向けてかめはめ波のように片手を突き出しました。その手からものすごい強風が吹きだし、拓人を襲いました。

「わあああああああ!」

大嫌いなハッカのにおいのする強風に巻かれて、拓人は息苦しさのあまり床にうずくまりました。そしてそのまま、気を失ってしまいました。目を覚ますと部屋中にハッカのにおいが満ちています。ハッカ太郎は? あたりを見回すと、もうその姿は消えていました。

……ハッカの祟りだ! 拓人は青くなって、洗濯物を干していたお母さんに駆け寄りました。

「お母さん! ハッカのお化けが出たんだよ。それで、僕の部屋中、ハッカのにおいだらけだよ」
「ああ、実はね、拓人が寝ている間に拓人の部屋にハッカの精油を入れた芳香器を置いたのよ。勝手に悪かったけど、ハッカって殺菌作用があるから風邪の予防になるって、お昼のテレビでやってたから……」

そうだったのか……拓人は胸を撫で下ろしました。

あれは夢だったんだ。よかった。でも、ハッカ太郎の言う通りだ。食べ物を粗末にしちゃ、いけないな。拓人はハッカをひとつ、口に放り込みました。

「やっぱり、まずい」

その日から拓人は、ハッカはお父さんにあげることにしました。



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