NHK文芸選評・10月
10/5 俳句 選者:関悦史先生 題:蚯蚓鳴く
蚯蚓鳴く来世は天下獲る気配
蚯蚓鳴く境界線になづな咲き
底ごもる家出願望蚯蚓鳴く
※以上投稿作
蚯蚓鳴く一人に長すぎる戦後
愛知県 立部笑子さん
ふと思いました。今って戦後なのだろうか。もしかして「戦前」じゃないよね? と。被爆国が核の持ち込みを検討している、それほど緊迫している昨今の世界情勢を考えると。中句以降を「今ってもしかして戦前」的な意味の言葉を持ってくるのはたぶん凡想なのだと思います。私がいま考えたから。戦争によって人生を狂わされた人がごまんといる。家族が死んだ、自身が大きな傷を負った、本来あるべき人生の選択、自由が奪われた。それでも寿命まで長いこと生きなければならなかった。世界中に今も。通奏低音のような蚯蚓の鳴き声に市井の人の声無き声、大きな権力の前に消されてしまう声を想起しました。
10/12 短歌 選者:小島なお先生 題:願望(~したい)
フリージャズ流れる店で串カツがお洒落に冷めてもう帰りたい
新潟県 マーチさん
気にいってもらえるようお洒落な串カツが出てくるお洒落な店に連れて行ったが作者は「違うねん」と思ってる。ありますね、こういうこと。双方の好みとか善意が斜めの関係になってて交わらない。たぶんこういうのは永遠に交わらない。残念ながら、次のデートは無いでしょう。わがままと言えばそうかもしれませんが、わがままを通したい時って、ある。
一直線の海に一直線の陸簡単な詩に僕は生きたい
熊本県 夏風かをるさん
どうやったらこんな言葉の組み合わせができるねん? っていう作品にも好きなのたくさんありますが、やさしい言葉ですっと理解できる作品に無性に惹かれることがあります。掲歌を目にした時がちょうどそうで、簡単な詩、まさにそれ、それ! と、完全にノックアウトされました。高校時代、理系だったけど地理が一番好きでした。地図をずっと見ているのが好きでした。こんなとこに飛び地が、と嬉しくなったり変な地名があって飽きないんです。掲歌のいうように一直線の海に一直線の陸もある。例えば秋田県の秋田市から由利本庄市にかけて国道7号線に沿う海岸線。めっちゃ直線です。引きで見るとちょこっとだけ湾曲してるんですが、それもいい。美! ロマンを感じます。
10/19 俳句 選者:佐藤文香先生 題:鰯
半日の失踪鰯買ひて戻る
東京都 ビリーさん
こういう句に惹かれるのは自分にもずうっと前から家出願望があるからかもしれません。ここではないどこかへ…。したらいいやんって思われるかもしれませんが、現実はなかなかそうはいかないもの。作者も思い切って失踪(家出)を試みたが、わずか半日で終わった。鰯は日常の象徴。日常の良さを再確認したというよりも、日常から脱却できない自分を再確認したと読みました。悲しいことにわかります。
10/26 短歌 選者:斉藤斎藤先生 題:揚げ物
「差し入れの天ぷら食べる権利ない」「ほんなら捨てるか」会話エスカレート
岡山県 岩崎純史さん
残業の職場で上司が差し入れをくれた。でも、仕事で失敗したとかで自分の働きが悪いって思ってる人が遠慮して、自分は食べる権利ないと言った。こういうのムカつきますねぇ、あなたも頑張ったんだから食べぇよ笑。会話エスカレートとはどっちの方向に向かってるのでしょうか。険悪な雰囲気に行ってるのか、場を和ませる方向に行ってるのか。漫才の掛け合いのように見えるので後者と読みました。しかし差し入れが天ぷらって乙ですね。むかしブラックサンダーの大袋が差し入れだった時、みんな大喜びでした。
ここまで浮かんでからラジオ聴いたらどうやら夫婦間の会話らしい。確かに天ぷらが仕事の差し入れはあまり聞かないもんなあ…。まあですが、せっかく浮かんだので書いときます。解釈違いすみませんということでもう一首。
おっこれはチキンカツではないですかキャベツくらいきざみましょうか
鹿児島県 澤田大輔さん
これは文句なしに美味しいチキンカツですよ。揚げたての湯気立ってるチキンカツとたっぷりの千切りキャベツ、夫婦の合作。会話の感じから旦那さんがちょっと下手に出てうまくいってる二人が浮かびます。上の「差し入れの天ぷら」の夫婦も一見喧嘩してるようで実は息が合ってるんですよね。