ヴィパッサナー瞑想体験記Day10 ~9日間が報われ癒やしと調和へ~
ついに、ついに、最終日がやってきました。
ここまで本当に1日1日が長くて、何日目、あと何日?と指折り数えながら過ごしてきました。
この最終日だけ、スケジュールはがらりとかわって、瞑想はグループ瞑想(1時間)の3回だけ。
早朝4時起きは変わらずで、早朝はいつもだと自主瞑想ですが、この日はそれが全員参加必須で瞑想ホールにてグループ瞑想から始まりました。
それはいつも通りの瞑想なので、また強い決意の瞑想として激痛が発生する中での1時間の瞑想。もう10日目にもなると、心の中で「早く終わってくれ!!」というのはないですが(嘘、、、最後の数分は正直まだかな?とやっぱり思ってしまう苦笑)、一応穏やかに1時間の瞑想を終える。
メッターバーバナーの瞑想
最終日の心の傷に塗る軟膏的な瞑想法について、講義がありました。
1~3日目は、研ぎ澄まされた心を得るためのアーナパーナ瞑想。
4~9日目は、体・心の現実、真実を鋭敏に感じ取るヴィパッサナー瞑想。
そしてこの最終日は、メッターバーバナーの瞑想。
ヴィパッサナー瞑想を終えた後に、一度リラックスして心身共に穏やかな状態のときに最後に数分間だけメッターバーバナーの瞑想を行います。
と微細な振動に想いを込めて、数分間瞑想します。これがすごい豊かな時間なんですよね。
今まではずっと自分に向けて瞑想をし、激痛を感じながらも嫌悪することなく、無常だと理解しどんな感覚もあるがままの現実として受け入れ、反応をすることなく平静さを保つことの実践でした。
では、平静さを保ったあとはどうするのでしょう?
不快な感覚も嫌悪することなくそのまま受け入れて、快の感覚に渇望することもなく、その後はどうしていくのでしょう?
メッターバーバナーの瞑想は、平静さを保った心のなかの静寂な水面を、慈愛と慈悲の水質に変化させていくような感覚がありました。
世界が、存在が愛おしくなっていく感覚。その感覚で瞑想から目覚めたときに、自分のなかに安らぎ・調和・愛の感覚が残っていきます。
ヴィパッサナー瞑想は修行のようなもので自分の場合は耐えがたい苦痛から平静さを保つ訓練でした。厳しい現実もあるがまま受け入れるための器を鍛えるための苦行のような。
だから嫌悪はよくないといっても、9日目までは瞑想の時間がくるのが憂うつだったのも事実。。。(平静ではあったけども、、、)
でもこの10日目は、これまでの9日間がすごく報われた感覚で、瞑想の時間が楽しみになっていました。本当に心の軟膏のような、癒やしが育まれていくような感覚。それは自分に対する癒やしだけでなく、周りにも広がっていくような、まさに「分かち合えますように」という想いが広がっていく。
これまで苦しみの瞑想だったのが、この10日目でがらりと変わっていったのです。
日常との結びつき
この10日目は、グループ瞑想3回だけなので、それ以外の時間は自由時間とゆとりたっぷりのスケジュールでした。
なので部屋でのんびりしながら、これまでの瞑想の体感を振り返っていき、いかに思考、心に振り回されているか、そして色んな出来事に反応し、反発していたか。それを瞑想体験から気づかされました。
今は非常に穏やかで、快も不快も反応しないということを、「しなければならない」ではなく瞑想を通じた感覚としてそれを理解しているから、今までよりも受容力が確実に増しているのを感じます。
これは特に家族などの色んな事が積み重なった関係ほど、ヴィパッサナー瞑想の効果は大きいと思います。
通常、コーチングなどのスキルを身につけたとしても、正直家族(特に夫婦)に適応することがもっとも難しかったりします。それは、スタンスを変えても、「何急に気持ち悪い」とコントロール感を感じてしまったり、何年も積み重なった反応はしぶとく、一定の距離感があるほうが、コーチングスキルや傾聴スキルというのは活かしやすいと思います。
でもヴィパッサナー瞑想は、瞑想中に苦痛であったり様々な感覚を敏感に感じ取り、反応しないという習慣が身についていくので、家族内の苦言であったり、ちょっとした嫌み、子供の無邪気さゆえのいたずらや痛い思いをさせてくる事に対しても、「無常なんだから反応して何になる」と平静さを維持しやすくなっていく。
それは毎日の心の状態が大きく変わっていくため、それは人生の苦悩を減らしていくのにすごくインパクトがあるものだと思います。近い関係にも影響が生まれるのが、このヴィパッサナー瞑想のいいところですね。
ここまで本当に長かったけど、きてよかったー!!という気持ちに満たされたこの10日目でした。
10日目講義(一部)
ほんと、この講義の2つの真実は、この10日間で瞑想中に雑念や苦痛としてでてきて、心と体で痛感しました。決して楽ではない(むしろ辛くてしかたない)この10日間が、人間として私を成長させてくれたのを実感しています。本当に参加して良かったなぁと思います。
11日目早朝の瞑想(赦し)
10日間が終わるー!!!と思っていたら、なんと11日目も朝4:00起床で4:30から瞑想というスケジュール!(まだあるのか!と苦笑)
1時間グループ瞑想で強い決意の瞑想で相も変わらず最後の15分くらいは、心臓が縮むような感覚になるほどの苦痛と灼熱がわきあがってきましたが、そこは完璧な平静さを保っていけるように。
そしてこのヴィパッサナー瞑想全体の最後の瞑想に入ります。
メッターバーバナーの瞑想の最後のアナウンスはこの2つから入りました。
そしていつものメッターバーバナーのアナウンス
最後の瞑想では、目を開けたときに涙がほろりと流れました。
これまでの10日間、心の手術で心の膿がどんどんどんどん湧き出てくる連続でしたが、多少の膿は出ていったことで、その余白に癒やしと赦しが湧いてきたような、それが涙として溢れてきた感覚でした。
色んな事がありましたが、本当に参加して良かったです。
気軽に行ってみましょー!とは言えませんが、この10日間の記事にお付き合いいただき、何かしら感じることがあるのだとしたら、きっと12日間の予定をあけられるときがそのタイミングとして呼んでいるのだと思います。
ゴータマ・シッダッタいわく、他人の知恵でも理解でもダメだ。自分の経験から知恵にしていくことこそが真実なので、ぜひ、ご自身の心と体でヴィパッサナー瞑想10日間コースに参加してみてくださいね。
後日談
ヴィパッサナー瞑想10日間コースに参加して、1週間が経ちました。
早朝に起きるようにして、朝1時間瞑想をなるべくしているようにしています。
ヴィパッサナー瞑想を受けて、その後の実践もしているなかで、自分の感覚を鋭敏に感じられることになり、その影響で自分が反応しているときにものすごく不快な感覚を感じやすくなりました。それは下唇が震えるくらいであったり、自分の胸がかーっと燃え上がるようになったり、呼吸が明らかに荒くなったり。
「あっ、今自分は反応してこの言葉を発している」と自覚しやすいようになりましたが、完璧な平静さをたもつ点に関しては、呼吸に意識を向けてもすぐに落ち着いたりしなかったりもするので、日々修行だなぁと感じています。
ただ、以前だったら無意識の反応に振り回されて、周りにも不快な感覚の手土産を何度も投げつけていました。そのことに気づきやすくなったことは、日常の人間関係にもいい影響を与えています。
また、反応しなくなったり、罵りの手土産を受け取らないので、人混みであったり、様々なところでも穏やかな気持ちでいられるようになりました。
一日の始まりに、ヴィパッサナー瞑想で自分の感覚を鋭く感じ、そして痛みが生じようと無常であると反応せず平静さを保つことを習慣化し、そしてメッターバーバナーの瞑想で一日が始まります。
今この瞬間も
「私の安らぎ、調和、平静さを分かち合えますように」
「生きとし生けるもの全てが幸せになりますように」
ここまで10日間、非常にながい記事を読んでいただいてありがとうございました!
今後もウェルビーイングを中心に、自己変容などのテーマを記事として発信していきますので、ぜひフォロー申請をどうぞ。
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