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詩集「a miracle」

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「家族」をテーマにした未掲載作品をまとめました。
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a miracle

a miracle

もうじき10キログラムになるトーコ
僕には、この重さが伝える事実でさえいとおしい
おそとはそろそろ過ごしやすいよ、お散歩にでかけよう
まだまだ片腕で抱きかかえてあげなくちゃあ。

夕暮れまぢかの公園につながる道
ゆっくりのんびり、ふたりでひとつのかげぼうし
よろけない走らない、軽やかなあゆみでしっかりと
この足どりおぼえておいてもらわなくちゃあ。

ちょうちょがふたりを横切った
あれはアゲハだね。

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なみだのわだち

なみだのわだち

小高くまぁるい丘をかすめて
いくつかの星がつらなって落ちていくよう
ぽろぽろぽろぽろ とめどないなみだ
おまえのちいさなこころにもあるのだろう
泣くことでしか向きあえない恐さを感じる、おさない回路

そういえば、おとうちゃんもたくさん泣いてきたな
しくしく泣いたり大泣きしたり、いろんな涙があったけど
今おもいだしたのは、とてもつらかったあの日のこと
ずぶ濡れで泣きじゃくった嵐の夜

そのとき、なぜ

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いちごラムネ

いちごラムネ

おひるねから覚めたかい 
おやつの時間だよね、トーコ
まだ少しだけおねむなまなこで
小さな指は ラムネをはこぶ

窓のカーテンが、フワリ、ヒラリ
机のえんぴつがころがって、コトリ
風がはいってきたんだよ。

トーコの瞳がおおきくなって
音の鳴るほうヘ、あたらしいおともだちへ
風がはいってきたんだよ、トーコ。

ふいっとおとうちゃんに顔を向けたので
おとうちゃんはわらって
おかあちゃんもわらって

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フォール

フォール

とおくなった空は面持ちをすなおにさせる
ぽっかりくちをあけ、まばたきを忘れるトーコ
ゆったりとした白鯨の群れはあまりにも近くを泳ぐから
その影から出て また影にはいる ぼくら

うるおった地表のうえをすべる雲 
虚空からの俯瞰へとぼくは連れ去られ
瞬間とてつもないスピードで
彼女の傍らへと墜とされた

ふたたび空を見上げて立ち眩んだ
つめたい突風があしもとをさらう こがねの葉っぱをふきとばす
ぼく

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わたゆき

わたゆき

らんぼうものの木枯らしが
師走の気配にそぞろになって
暗い暗い空を去っていった
遠慮がちな家々のあかり

風がとまって、ほろほろと
わたゆきが降りてきた
はかなく消える身にまとう
あたたかなきおく、みんなのいとなみ

トーコはおねむなまなこ
おくちをぽっかりあけて見ている
おとうちゃん、おかあちゃんのあいだ

トーコ、願わくは忘れてくれるな
このわたゆきも太郎の
あのわたゆきも次郎の、雪。

初稿

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終戦記念日の食卓

終戦記念日の食卓

親父たちのお決まりの話題に、ばあちゃんはおとなしかった
「ばあちゃん、もういいかげん買い溜めはしなさんな」
ばあちゃんの子供たちが一斉に集まる日は
決まって誰かが冷蔵庫の大掃除をする
昔は勝気だったばあちゃんも、今は子供たちに逆らわない

ばあちゃんの生きがいのひとつ
食べきれないくらい買い集めて
誰も食べきれないままに腐らせる

ときこも、やすまさも、さちこも、
みんなおなかを空かして死んでしま

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弥生

弥生

さくらんぼうの花が咲いたよ、
十年越しだね

おおきなおなかを抱えて
うら庭のお散歩から戻ってきたのは
きみのおかあさん
寒い朝にほんのちょっと、春色の水彩

はじめて花が咲いた樹の話題に
ぼくら、とてもゆたかな気持ちになれた
まだまだストーブの暖が恋しい日々だけど
暦の上ではあと幾日で、弥生三月
啓蟄もまぢか

さくらんぼうは甘い実がつくかな
小鳥や虫たちに食べられないうちに
出来るだけ早めにと

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