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価値のあるひと

義父が、脳梗塞で入院したのが10月
幸いなことに手足の麻痺が軽度ですんだため
病棟内はひとりで歩けるようになった

だが、何となく歩けているだけなのだ
面会に行った時
夜間はセンサーマットをつけています
本当は見守りだとリハからは言われているんです
と、聞かされていた

ようは、(義父は)待ったが利かないので
転ばないように
我々は精一杯、対策してます

と、いうことだ

この何となく歩けてしまうが、厄介なのだ
わたしは、理学療法士として
日々、義父のような患者を相手にしているので
この何となく、という
危なっかしいオーラみたいなものを知っている

あげく高次脳機能障害と軽度の認知症があって
普通では理解できない
動きをしてしまう、と
義父のリハビリ担当者から説明を受けていた

暮らしとは、この小さな厄介が積み重なり
最悪のケースになる場合がある

手すりは、あった方がいいですね

階段をのぼる練習を見た時
明らかに手すりが必要であることを知った

私:
そうですね

けれど、何となく歩けてしまう
という事実があるからか
医師からは退院か転院を勧められていた

義母も病院で年を越すなんて
と、この年代の人らしいことを言って
来週末に退院させることにしたらしい

夫と義母の電話で
夫の話ぶりから何となく予想がついた

わたしの夫は次男坊だ

兄弟に長男がいる
兄とはあまり仲がよくないからか
両親は次男坊の夫に頼りたがる

夫は世話できることを
嬉しく思っているようで
わたしたち夫婦は何かと両親を手伝っていた

夫の実家は、ここから高速で1時間の片田舎
家は古くなってあちこち痛んでるし
背丈以上に雪が降る豪雪地帯だ

老夫婦だけで暮らすには限界だった

色々と不安を抱えていた義母は
知人の勧めで、市営アパートの転入を希望した
しかし、希望者が多く
必ず入居できるわけではなく
すでに1回、抽選にハズれていた

がしかし

2回目の応募の抽選発表が
今週の水曜日20日にある

どこからの情報なのか分からないが
義母は、今回は受かりそうだと言ったらしい

夫と義母の話が終わり
スマホを置いたのを確認して

私:
で、今週末に引っ越しをするって
言ってるの?

と、すかさず尋ねた
だって、あまりにも急ではないか

夫:
あぁ
保幸のパソコン教室と
桃の水泳教室、頼めるかな

夫の口調はやさしいが
これは命令だ

子どもの習い事の送迎は
夫と決まっていた
がしかし、週末は引っ越しを手伝うので
わたしが代わりに送迎をしてくれ
ということだ

夫が口にする時は、心で決めた時と知っている
私が子どもたちの習い事の送迎を断ったら
習い事を休ませてでも
義父の退院と引っ越しに向かうだろう

私:
わたし、土曜日は仕事なんだけれど

そう言ってみたが
夫は返事をしてくれなかった

コロナ、ノロ、アデノ、手足口病
そして、インフルエンザ
息子と娘がどんな病気にかかっても
わたしが仕事を休んで看病をしてきた

夫は、仕事が休めないからだ
いや、わたしは知っている
ただ自分から休むと言えないだけだ

私:
分かった、土曜日は休んで
子どもたちの送迎はするね
ところで、どれも確定じゃない話をしているけれど
家の手すりはどうするの?

今ここで言ったとして
数日後に手すりがつくわけじゃないのは
分かっている

だが、何もかも不確定に話を進めているので
ひとつひとつ解決してゆくしかない

夫:
介護度2じゃ、手すりは要らないって
ケアマネージャーが言ってたんだって

私:
あのさ、一緒に聞いていたよね?
病院のリハビリ担当は、手すりが必要だって

いささか信じられない
義父は職員にズボンの後ろを持ち上げられながら
階段を一段ずつやっとのことで上がっていた
あの状況を見ていたのに
なぜ、会ったこともないケアマネージャーの
一般論を信じるのだろうか

市営アパート、エレベーターないよね
階段とかあがりかまち、どうするつもりなのか

私:
じゃあ、引っ越すとして
引っ越し業者は見つかるの?

夫:
明後日じゃないと、結果が分からないから
出てから決めようと思ってる

予約状況を聞くとか
こんなに急で大丈夫なのか、とか
調べなくていいのだろうか

20日に決定し23日に業者を手配できるのかと
わたしは聞いているのだ

いや

いや

いやいや

そうかそうか、分かった
わたしは土曜日、仕事を休んで
子どもたちを習い事につれてゆく
夫は、引っ越しを手伝って
日曜日に義父を退院させ
引っ越し先に送る

わたしはわたしがやることをすればいい

私:
お兄さんは、来ることはできないの?

夫:
シフトが決まっていて
27日まで休みがないらしい
母ちゃん、27日仕事なんだって
引っ越しの土曜日も仕事らしいけれど

私:
え?
引っ越しの日に本人がいなくて
いいの?

わたしは
この一族が何を言ってるのか
まったく理解できなかった

わたしは

わたしは

わたしは

仕事を休むんですけど、、、

喉を通り越して、口から飛び出しそうになったが
顎に力を集中して、何とか言わずにすませた

遅れて、急激な怒りがわいて
わたしは頭に血がのぼってくるのを感じた

夫の設計図よりも
義母の野菜の仕分けよりも
義兄のタクシーの運転よりも

オマエの仕事は
劣っているんだから我慢してくれよ
と、言われたような気持になったのだ

夫はわたしのプライドのカケラすら
すくってもくれないのか

体からあふれ出した怒りが過ぎて
この後のことは、よく覚えていない

翌朝

わたしは普段通り6:00に起きた
寝ることだけは、得意らしい
まだ外は暗く
カーテンを開けるには早すぎる

そうだ

昨日の怒りを思い出すと
怒りの燃えカスが再燃したが

いつもハイターしておく布巾が
昨日からそのままになっていたのを見て
その火もくすぶってしまった

義父は、椅子を代用して
あがりかまちを超えればいい

義母の思いも、分からないでもない
義父はちょっとすっとぼけているが
わたしや子どもたちに優しかった

お正月なのに病院のベッドだなんて
というくらいは理解してしまうだろう

義兄は独身で
少なくとも迷惑をかけず暮らしている
タクシーの運転手が不足していることも
ニュースでよく耳にしているから
休日返上で働いているのかもしれない

わたしといえば
上司の理解が深くいつでも休める

昨日の出来事を思い出し
怒り、またそれ以上の後悔を繰り返しながら
自分の顔も洗わず
洗濯物を取り込み、朝食の用意をした

私:
やっぱり、わたしが休むのが
いちばん自然なのよね、、、

カーテンの隙間から漏れた
陽ざしに近づくと

わたしの意地が、バカバカしく思えてきた

カーテンに手をかけ
朝陽が迎えてくれるであろう
窓の向こう側に

ありがとうくらい
言えよ

わたしは、そうつぶやいた


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