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WATCHER 山 ~怒る男編~

昨日、店員さんが手渡しで
お釣りを渡してきたんだ

手渡しだよ?

疲れた表情をしていたと思ったら
突然、男はキリっと表情を変えて言った

そこにトレーがあるのに
レシートも渡さずに、小銭をハイって
普通じゃない、アイツおかしいんだよ

変な感染ったらどうする気なんだ

あぁー、ムカつく




Produced by:

生まれてproducts
WATCHER  山 製作委員会




Music:

Final Fantasy Ⅳ Opening Thema

Final   Fantasy   Prelude

ドラゴンクエストII  この道わが道




出演者:

加納 譲

ウォッチャー山






友情出演:

コンビニ店員 ボインボイン歌劇団






Special Thanks To 看護師C子






この物語は、フィクションです






WATCHER  山 ~怒る男~





ルルルルルル、、、
ルルルルルル、、、

ルル
はい、リハビリ室です

看護師C子:
先生から、また加納さんの指示でました
よろしくお願いします

分かりましたぁー
そう言うと、ウォッチャー山は
内線電話の受話器を戻した

ウォッチャー山?

ウォッチャーとは何か

それは、ただただ誰かを見つめる存在
その誰かに決して手を出さすこともなく
アドバイスひとつもしない

なぜ

人生のどんな分かれ道の瞬間も
決めるのはその人本人でしかないからだ

ウォッチャー山は、今日も見つめ続ける
フラットなその眼で

彼が、東と言えば東を向き
彼が、うつむけば地面を見つめる
その人と肩を並べ、同じ景色を

この目にただただ焼きつける

歩んでゆく彼らの後姿が
満ち満ちた希望の中へ

溶けてゆくまで


彼の名前は、加納譲、44歳、
定期的にうちの病院から処方された
鎮痛剤を常に服用しており
気まぐれに年に数回
リハビリを受けに訪れるのだった

あぁ、加納さん、ひさしぶりですね
お元気でしたか?

ウォッチャー山は
リハビリ室の出入り口で
自分の8割ほど見せて
立ったまま入ってこようとしない
加納という男に声をかけた

加納という男:
元気だったら、ここには来ませんよ

加納は目も合わせずに言って
リハビリ室に入ってきた

声をかけられるのを待っていたのだ

変わらないなぁ

ウィッチャー山は安心した
彼のことは大体分かる、きっと

首の張りか、肩こりか、腰痛か
その3つすべてか、を訴えるだろう

通常、外来患者のリハビリ治療の場合
医師から看護師に指示を出すと
内線電話で我々のもとに連絡がくる

先生から物理療法の指示出ました
◯◯さん、右肩の痛みです

というように
ざっくりと指示の内容が伝わる

だが、加納という男の場合は
何をするのか、体のどの場所なのか
そういう情報は一切言わない

そして我々も
聞く必要もないと知っていた

その加納という男は
左手を腰に当てながら
ウォッチャー山に近づいてきた

それを見たウォッチャー山は

腰痛ですね
腰を引っ張りましょう

そう言って、加納という男を
牽引台といって、患者が腰ベルトをつけて
機械の力で身体から腰を引き離すように
引っ張る治療器の方へ促した

すると、加納という男は

違いますよ、今日は肩です

そう言うと、ウォッチャー山の促しを
軽くあしらい
反対側のレーザー治療器の方へ
自ら近づいて行く

おっと、これは失礼しました

ウォッチャー山は、それほど気にも留めず
彼に続いてレーザー治療器に向かった

ずいぶんと顔が浮腫んでいる
またダイエットコーラをがぶ飲みしたか

体重増えたなぁ、80、いや85kgか
今日はスーツじゃない
珍しくジーンズを履いている
裾をロールアップしているのは
おしゃれじゃなく、ただ長いからか

すれた赤のパーカーのバックプリントには
筆記体の英語で

Count On Me(僕を頼ってくれ)

と刺繍されている

きっと、英語の意味など考えず
ゲオあたりで買ったのだろう

ウォッチャー山:
この椅子にこしかけてくださ

ウォッチャーの促しより早く
加納は椅子にガニ股のままドスンと浅く座り
背もたれによしかかった

加納:
もう肩から背中がパンパンで
痛くて痛くて、仕事どころじゃないから
早退してきた

ウィッチャー山:
こりゃひどい
首から肩甲骨にかけてバキバキですね

ウォッチャーは、彼の背後にまわり
指で首から背中まで軽く押してゆく

肩、首すじ、背中
どこもかしこも凹むことなく
スチール板が張られているようだった

無意識で肩をしぼませる癖ができている

ウォッチャー山:
リラックス、できてますか?

加納:
ハンッ、リラックスし過ぎてるよ

ウォッチャー山の声掛けに
加納は皮肉たっぷりに返した

また俺がおかしくなったら困るからだって
毎日毎日、することもなく
部内の出納帳の管理しかしてないよ
あんなの新人がすることだろ
なんで俺が

ウォッチャー山:
そうでしたか、以前は
期限のある仕事が大変そうだったので
少しゆっくりしてもいいんじゃないですか

ウォッチャー山は加納の身姿と話の流れから
職場の部所部署が移動異動になったのかと
ここで気づく
それにしても、前々回来た時も
職場を移動異動しているから

この1年で2回目だ

たしかあの時は
加納が休暇で旅行に行き
職場に買ってきたお土産の饅頭を
誰ひとり手をつけなかったことに腹立てて
上司に辞職をせまったのが
移動異動のきっかけだった、はず

ウォッチャー山はそう思い出しながら
加納の左右の首と肩の付け根に
レーザー治療器のヘッドを近づけたその時

冷たッ!

治療器のヘッドが皮膚に触れた途端
加納が大きな声をあげ、後ろを振り返り
ウィッチャー山にしかめっ面をみせた

あ、ごめんなさい
レーザーは
直に設置しないとダメなんですよ

ウォッチャー山は
加納には何度も話していますよね
という思いも込めて、説明した

そんな説明も跳ね飛ばすように
前を向き直し

とに、ちゃんと仕事しろよ

加納はわざと聞こえるようにつぶやいた




ピピ、、、ピピ、、、ピピ、、、

あのあと、加納は再三、肩を揺さぶって
レーザー治療器のヘッドをよけた

ウォッチャー山は、これと言って何も言わず
よければ、よけた先にヘッドをずらし
またそこでよけたら、それに順じてずらした

そのやりとりを幾度か繰り返した後
加納は観念したのか
ずらしたヘッドに動じなくなったので

ウォッチャー山はレーザー治療器の
スタートのスィッチを押した

ピピ、、、ピピ、、、ピピ、、、

ウォッチャー山:
体勢はつらくないですか?

あぁ、大丈夫

加納は憮然と答える
よけてよけて、しまいに
加納の身体は左にねじれた上に
背もたれから離れたままだ

よけなければ、そんなつらい体勢で
治療を受けることにならずに済んだのに
そうも思ったが

これは、加納の次の思惑の
準備段階、序章に過ぎなかった

では終わったら、また来ますね

ウォッチャー山はそう言って
その場を離れていく

10分が経ち

ピピピピピピピピピピピ

治療の終了音が鳴るとウォッチャー山は再び
加納のもとへ歩き出す

あの姿勢のまま、10分耐えたようだ
ヘッドは動かず、しっかり固定されている

お疲れさまでした

ウォッチャー山が治療器のヘッドを
加納の肩から離し
治療の終わりを告げた

加納は、椅子からゆっくり立ち上がる

すると

いててててて
いて、これは痛い

変な姿勢とったから
腰が痛くなったじゃねぇか

そう言った

そう加納は、これがやりたかったのだ

ウォッチャー山は
腰の痛みから逃れるように
体をねじらせている彼を見ながら思った

ごめんなさい、つらかったですね
だいじょうぶですか?

ウォッチャーは、加納に声をかける

ウォッチャー山は知っている
自分が悪かった風に声をかけると
彼の腰は、それとなく治るのだ

加納が、ウォッチャー山の謝罪を受け入れ
右手のひらをこちらに見せて
大丈夫のサインをしている

その姿を眺めながら

以前、加納が治療に通っていた時の雑談の
彼らしいエピソードを思い出した

そうだ、あの治療の日は
ひどく雨風の強い日だった

話によると
彼がコンビニで昼飯の買い物をした時

おにぎりやら飲み物やらを選んで
レジに向かった

支払いと済ませる段で
加熱式タバコの替えを買おうと思い
あれください、とタバコの棚を指さした

店員の男性は、指が指した先が分からず
加納があれだあれ、と何度か訂正し
ようやく目当てのものを取り出したという

昼時だったこともあり
後ろにレジ待ちの客が並んでいて
早くしてくれないか
という雰囲気があったようだ

俺も番号言えばいいんだって思ったけどさ
普通なら、分かるよね

大変不満です、と言った風に
彼は話を続けた

イラだった加納は
精算時にわざと10000円札を渡し
店員はいそいそと
彼の目の前で札9枚を数えた後
小銭を手渡して会計を済ませた

店員の経験上、朝と昼の忙しい時は
レシートをもらいたがる客などそうそういない
むしろ断られる率が多い
少しでも早くレジを済ませるために
いつもの工程をすっ飛ばすことは
良くあることだったのだろう

この時点で
タバコの銘柄や番号を言わなかった加納が
この事態を招いたのだが
それでもなお、こう思ったという

なんだよ、俺が悪いってのか?

そこで、加納は丁寧に釣りを財布に入れた後
わざともたつきながら
おにぎりやら飲み物やらを
鞄に入れてやったというのだ

入れて、やった?

ここまでしてやったにも関わらず
気がおさまらなかったのか
窓にぶつかる雨音にたきつけられながら
ウォッチャー山に愚痴をこぼしていたのだ

手渡しだよ、手渡し

そこにトレーがあるのに
レシートも渡さずに、小銭をハイって
普通じゃない、アイツはおかしい

変なの感染ったらどうする気なんだ

やっぱ、あのコンビニに言った方がいいよな
レシート渡さないのって

どうなの



加納さんは、責任感が強いって
まわりが知っているから
余計に心配なんじゃないですか

ウィッチャー山は
先ほど途切れた仕事の話の返事をした

俺はね、ちゃんとしないと嫌なんだよ

加納は、まんざらでもない表情で返事をする

すでに
あのしかめっつらで
腰の痛みを訴えていた加納はいない

むしろどこか
活き活きとしているように見える

怒りが原動力になっているようだった

怒りが原動力?
生きるために怒りが必要だったのか

そう気づくと
ウォッチャー山は、彼が愛おしくなった

加納はキリっと眉間にしわを寄せ

あいつらは、何にも分かっちゃいないんだ

吐き捨てるようにそう言うと
ゆっくりと出入り口へ向かった

外は、雨脚が強くなっている
きっとこの後、玄関先で雨にすら怒るのだろう

天気も、怒っているのだ

ウォッチャー山は、彼の後姿に

その首や肩の張りが、強い責任感の現れですね

そう言った

聞こえていたかいないかは分からない
だが、彼は少しだけ笑っていた気がする

Count  On  Meのバックプリントが
先ほどよりも力でみなぎっていた

ほどなくして
リハビリ室の窓から見える駐車場で
彼とおぼしき車が動き出した

そういえば、今日は頭痛を訴えなかったな
きっと調子がいいのかもしれない

ウォッチャー山は、嬉しくなった


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