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仕事が出来ない④

前日はよく眠れた。のだと思う。疲労感と期待で横になった気絶にも近いそれは翌朝、何故か不快感なく私を起こした。
軽い足取りで職場へ向かう。面接に訪れた時より外見が明るく見えたのは時間帯のせいだったのだろうか。
「よろしくお願いします」
出迎えてくれたのは私と歳が近そうな男性だった。制服の貸与と1日の流れを簡潔に聞いた。管理者はどうやら不在らしい。雑談や掃除で時間を潰している内に管理者の出勤時間になった。
「大変だと思うけど頑張ってね」
先程聞いた話だが、どうやらこの事業所は子ではなく親に問題がある家庭が多く言わば児童相談所のような施設なのだという。子供達の目つきの理由にも合点がいく。
「はい、よろしくお願いします」
管理者は先程の男性を私の指導係に任命し、教室を後にした。子供達の送迎から始まり、個々の支援やグループでの活動を通し子供達への理解を深めるものだと思っていた私は初めの障壁にぶちあたる。
「おかえり」
挨拶は空気に触れることなくかき消された。子供達は職員に背を向け、来所後手を洗うことなく持参したゲーム機で遊びソファにもたれる。
呆気に取られた。
ここでは一体どのような支援をし、子供達に触れ合ってきたのだろう。
疑問と同時に怒りを覚える。だがそのような感性はここでは不要みたいだ。1週間も経たない内に異常とも言える空気に慣れた私は子供達と他愛もない世間話をしていた。利用する子供達の年齢は様々で小学2年生から高校3年生まで来所していた。
住めば都
とは似ても似つかないニュアンスの日々が私の自堕落だった生活を再現させる。
「このままでいいんですかね」
指導係の彼とは趣味が合いプライベートでも会う仲だった。ほぼほぼの仕事は彼に教えてもらい、子供達の送迎も迷うことなく辿り着けるようになっていた。
「ダメなのは分かってるよ」
彼も私も現状への不満はあった。安心した。根から廃れてはいなかった。
あの日、管理者が言った「大変だと思うけど頑張ってね」とは管理者自身の事だった。子供を数字でしか見ていない彼女は、問題を起こして数字を減らしたくなかった。だから子供達の機嫌を優先し、計画された支援をしなかったり、背景にある家庭の問題には子供から相談を受けようが我関せずだった。
この異常な空気は管理者が意図的に作ったものであり、異を唱える事は出来ない密閉された環境だった。息苦しさを感じながらも日々の流れに身を任せた私はいつしか考えることも諦めていた。
その日は前触れなく訪れた。
指導係の彼が出社しなくなった。
どうやら指導員と利用者との一線を超えてしまったらしい。
子供達の背景にはそれぞれ問題がある。育児放棄や家庭内暴力、虐待など様々だが、同情にも似た哀れみや優しさが時に人を変えてしまう。
私は心に空洞が出来たまま、その場に立ち尽くしてしまった。

私が僅かな希望に手を伸ばし、再び立ち上がるのはまだ先の話なのだが、それでも必死に過去を戦い抜いた私を今は褒めてあげたい。


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