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"Bord Garage" 小型電気自動車と乗員のための高速鉄道車両


はじめに

これは、私がドイツの美術大学(トランスポーテーションデザイン学科)に留学して3つ目のプロジェクトとして制作したものです。
このプロジェクトを行ったのは1990年から91年に掛けての冬学期ですから、既に30年以上前のことです。当時世界は冷戦が終結し、それまで鉄のカーテンで閉ざされていた旧社会主義国の中東欧地域の国々に西側の資本が入ることで、自動車を始めとしたドイツの得意分野の産業は活気を帯びていた側面があります。このプロジェクトが始まる1年前に初めて大学のプロジェクト授業で与えられたテーマは、「小型電気自動車」でした。今でこそ中国を始めとした新興国を中心に電気自動車は大きな広がりを見せていますが、1990年代の初頭のヨーロッパでは、電気自動車は研究段階の域を出ておらず、電気をエネルギー源とするモーター駆動のカーデザインにしても黎明期でした。

フォルツハイム造形大学と電気自動車デザイン

私の通ったフォルツハイム造形大学は、近くに本社を置くダイムラーベンツ社からのデザイナー育成の要請があったことが、西ドイツ初のトランスポーテーションデザイン学科が出来たことは大きな理由の1つでもありました。そのため、講師に招かれた教諭陣にはダイムラーベンツから来た先生も多く、日本が世界で経済的に名を馳せた時代背景もあって、ハイパワーなガソリン車が当時の自動車業界のトレンドでもありました。

しかし、学科長であるHerbert Ohl教授は、かねてから小型の電気自動車こそ未来のパーソナルカーとして残るプロダクトであるとの持論があり、私が初めて受けた授業のテーマは「2人乗り小型電気自動車」でした。教授は、この新しいエネルギー源を持つ小型自動車は、今までのガソリン車を単に小さくしただけのクルマではなく新しいプロダクトとしてのデザイン(造形)であるべきであり、その条件として、「駐車スペースを小さくすること」と「ドア開閉スペースも最小限に抑える」ことを学生に課しました。
そこで私も色々と調べながら幾つか電気自動車の持つ弱点を見つけ、それを当時の技術の中で解決することを模索し、デザインとして1つの造形にまとめる取り組みをしました。

問題点は以下に掲げると...

  • 走行距離が短いこと。

  • バッテリーの充電時間が長いこと。

つまり、あくまでチョイ乗り、買い物など短時間を乗る程度のモビリティでしか使えないことを想定した自動車..ということになります。バッテリーの充電時間が長いのは現在も同じ問題を抱えていますが、当時はさらに長い時間を要しました。つまり運転時間より充電時間のほうが長いということは、パーソナルモビリティにとって大きな問題です。もちろん当時は実用化前ですから充電設備なども想像するしかありませんでした。

そのような条件下で私が考えた2つのアイデアは...

  • 充電バッテリーはカートリッジ交換式にすること

  • 長距離は、自走ではなく高速鉄道車両の力を借りること

これにより、当時の電気自動車の問題点の大きな部分が解決に向かうと考え、それをデザインコンセプトに盛り込みました。

00 エクステリアモデル 1:5

自動車の駐車スペースを小さくするには、車体幅ではなく全長を短くすることで、より多くのクルマが駐車可能になります。また鉄道車両にできる限り多くの電気自動車が納まるようにするためには、進行方向に垂直に駐車できることで解決されるのではないかと考えました。

01: 完成予想レンダリング
02: パッケージレイアウト
03: 駐車スペース比較と活用法
04: デポジット式バッテリー交換と長距離移動のための鉄道車両システム

そうして出来た電気自動車デザイン"UOVO"(イタリア語で卵の意)は、来るべき電気自動車時代の卵であって欲しいと名付け、ドイツ語のプレゼンテーションもおぼつかない私の評価はこの上のないものとなりました。

電気自動車"UOVO"とその問題解決

ただ、このプロジェクトはテーマが自動車であり、システムとして完成したい私の中には、この"UOVO"を積載する高速鉄道車両のデザインがやりたかったことがあり、次のプロジェクト授業がアメリカ・シカゴの大学で教鞭を執るOhl教授の代行の講師のもとだったことで断念、その次である1990年冬学期の授業で、既に授業テーマが決まっていたOhl教授には、「自動車デザインではない先の小型電気自動車を輸送するための高速鉄道車両を提案させて欲しい」と直談判、快諾をいただき、 プロジェクト"Bord Garage" がスタートすることになりました。

デザインコンセプトとアイデア

鉄道車両の条件設定

まず始めに条件設定することから始めました。それは以下の通り..

  • 既存のドイツ連邦鉄道高速鉄道車両の車体をベースにすること

  • 可能な限りの多くの自動車とその乗員を同じ車両の乗車させること。

  • 自動車と乗員は別々に乗降、乗換を行うこと

  • 車内では自動車スペースに通路を確保し、乗降中以外は通行可能とすること。

  • 自動車積載スペースに貨物コンテナを積載可能とすること

  • 車内では自動車充電可能とすること

上記を満たす鉄道車両は、カートレインとして主に寝台列車に付随している車載車両(DDm)がありますが、これはオープンエアタイプの車両のため、高速車両には向きません。そこで完全密閉式の鉄道車両デザインにすべきと結論づけ、スケッチをしながらアイデアを模索し煮詰めてゆきました。

ファーストスケッチ:パレットに車を載せて移動積載

問題解決へのアイデア

当初は、通常の車体高さで検討を開始しました。主にドアの形状や仕組みを検討し、積載効率を高める目的で自動車に乗車しながらの移動や自動車と乗員を別の車両に乗ることなど様々な想定をもとに検討しました。

アイデアスケッチ:自動車積載乗降口(スライドドア)の検討
アイデアスケッチ:自動車積載乗降口(シャッター)の検討

丁度このアイデアを練っている時に、条件を満たすために必要な車両寸法が確保できそうな車両の情報が入ってきました。それは当時デビュー間近で製造が進んでいたDBの高速車両ICE 1にある最大寸法の食堂車で、この車両は、他の座席車と異なり天井高が高く車内空間が広々とした印象になるものでした。そこでこの車両を選び、図面をDBから調達。この車両寸法を最大として2階建車両の計画を始めました。

アイデアスケッチ:2階建最大積載の検討

2階建にすることにより最大14台の自動車を積載可能と判断、乗員28名を同じ車両に乗車するアイデアで進めることになります。

アイデアスケッチ:上下7台づつ積載する車両の検討

また、自動車と乗員は駅で別々に乗降する必要があるため、乗客用プラットホームに干渉しないホーム構造とする必要があるため2階建車両の上階を自動車用ホームとすることを決定。自動車用ホームと車両の自動車用乗降口の高さの検討を開始しました。

スケッチ:自動車用ホームの高さをに合わせた乗降口構造の車両

更に、先頭機関車のデザインも検討しましたが、今学期のプロジェクトとしての車両システムでは、先頭車の造形まで行うことは時間的に難しいため、先頭機関車のデザインはここまでとしました。

アイデアスケッチ:ICE機関車のデザイン検討

車両と付帯設備のデザイン

産みの苦しみ

このプロジェクトを自分自身で企画し、孤立した状態でクラスメイトとは別の課題テーマで進めるに当たって悩んだのはエクステリアのデザインである。鉄道車両の造形で目を惹くのは先頭車両の顔である。一方中間車両は、側面の乗降口や窓、屋根などで、前面形状のような美しさを追求し、それを魅せることが困難でもある。クラスメイトが美しい造形を試みているカーデザインのスケッチやモデルの横で私がやっていることは果たしてデザインなのだろうか..と頭を過ぎることがあったのは確かだ。

私のテーマは美しい造形を追求するよりも社会的な問題を解決することに寄与するデザインであり、そこを割り切って進めることで限られた時間内でどこまで表現可能かが問われたプロジェクトでもあった。自分自身で起案して教授から承諾を得て進めた課題だけにその気持ちは強く持つことにした。
特に自動車と鉄道を融合させることがこのプロジェクトの大きなテーマの1つであり、技術的問題の他、自動車と鉄道の世界観の違いをバランスよく融合させることは、両方の世界に熟知する必要があり、自動車デザインを主としたカリキュラムを組むフォルツハイム造形大学では、私のような鉄道好きのデザイナーには良い環境であったように思う。

乗降プロセス

改めて乗降プロセスを解説すると、自動車で駅に到着後、指定場所で乗員は降車。乗員は駅コンコースから指定列車のホームに行き指定車両の乗降口前で列車を待つ。自動車はあらかじめプログラミングされた指定車両へ自動運転で移動し、ホーム上の指定場所で待機し列車到着を待つ。列車が到着すると自動車は自動的に車両に入庫。乗員は、自動車と同じ車両に乗車し指定席へ。目的地に到着後、自動車は指定場所まで自動運転で移動し、乗員が来るまで待機。乗員は降車後自動車待機場所まで徒歩移動し自動車に乗車、出発。というプロセスとなる。乗り換えは同一ホームになることを最優先にしているため、最短距離で自動車、乗員共乗換可能となる。
このシステムであれば、自動運転で制御された電気自動車は、指定された車両に乗降し、また乗換も可能。車両から自動車の出し入れも2分程度で可能である。その停車時間に乗客はごく普通に列車の乗降、乗換をホーム上で行うため、今までと全く同じプロセスで違和感のない列車利用が可能となる。

02: 自動車と乗員の移動プロセス図

駅ホーム構造

スケッチを描きながら進めたのは、この車両のためのプラットホームの構造である。車両の全高の内部に自動車が上下2台納まる構造にするため、上段の高さに自動車用ホームを設けると乗客用のホームの天井が低くなり通行が不能となる。しかし、自動車は全長26,4m車両中央7台分のみ乗降口を設備し、車両の左右端には乗客用の乗降口がレイアウトされるため、その部分に自動車用ホームは不要である。そこで、コンベクションを持って駅に出向いてホームの幅を計測。ホームの地上階(レベル0)を乗客向けホームとし、その上に自動車乗降口を設けた自動車用エレベータ階(レベル1)、自動車移動を行う屋上階(レベル2)の3層構造とした。車内には2段式の駐車スペースがあるため、車両下段のクルマを降車させる時などに上段のクルマを一時的に車外待機が必要であるため、レベル1とレベル2には各レーンに2台分のリフトスペースが設備されている。(下図参照)

03: 駅ホームの構造(断面図と平面図)

インテリア

車両は先に述べたようにICE 1の食堂車と同じ車体を持つ。最大の自動車積載を可能にするために、左右端に分けた客室は従来のICE 1とは異なり、通常3列の座席を4列にするなど、寸法が厳しい。しかし天井高が一般車両より高い点に着目し、自動車1台の定員が2名であることから、2名ずつのシートとして窓側の2名分は200mmほど高い位置にレイアウトし、2座席分づつ上下で分離することとした。中央には4名分の大型テーブルをレイアウトし、対面で3列座席を配置。段差の部分に棒状の仕切りを設けることで視界を妨げ、その棒にはコート掛けの機能を付加しワードローブの代わりとした。
また車端部には片側にデッキ、反対側にはWCをレイアウトし、乗降扉はない。ドア側の隣の車両にはWCがあるため厳しいが機能する。両側の客室の間に2階建自動車室があり、側廊下で通行が可能である。ただし自動車用リフトが稼動中は安全のため通行不可とする。
なお、この車両は2等車を想定しているが、収容台数を少なくすることで自動車室のスペースを小さく(14台→10台分)し、その分客室スペース(28名→20名分)を拡大した1等車仕様も用意可能である。

01: 車両の室内レイアウト

エクステリア

客室部分の連続窓やドア部分は、ICE 1のデザインに準じた。自動車室部分の乗降扉は上下2段式で上部はガルウイング状で開閉、下部はスライド式でプラグドアによる開閉を行う。
塗装は、通常のICEとは異なることから、シルバー地に赤帯とし、ライン上部には"Bord Garage"の斜め文字(DBの当時のCIに準拠)とする。

04: 外観とインテリアレンダリング

役割と機能

こうして電気自動車の弱点である「長距離移動と充電」は、この "Bord Garage"システムにより克服が可能となるだけでなく、今まで電気自動車旅行では躊躇するような長距離移動もこのシステムで移動可能となり、鉄道と自動車が緩やかに繋がり、協調することができるようになる。また、自動車スペースには専用貨物コンテナが積載可能であることから、高速列車の貨物輸送の可能性を広げることも視野に入る。専用コンテナは、貨物のほか、速達郵便や民間の速達小包、冷蔵・冷凍貨物などにも対応することで、物流サービスの向上が期待される。

1:20 車両モデル
1:20 エクステリアから見た客室インテリアと自動車室
1:20 客室インテリアモデル(手前の棒状仕切りはワードローブ機能を持つ)

おわりに

この課題は、時間的な制約の中で車両中心にエネルギーを使い、ホームの構造などのモデルを製作できず、Ohl教授の期待を推し量れず評価も今一歩であったが、私個人は非常に楽しいプロジェクトであった。現実的ではないけれども、これができることで、世界中に張り巡らされた標準軌のレールの上には自動車旅行としての移動ができるようになるのである。
例えばイギリスのロンドンから"Bord Garage"にクルマと乗車すれば、ドーバートンネル経由で欧州大陸に渡り、時速300Km/h近くの速度で高速鉄道を南下し、イタリアのローマにも数時間後には到着。そこからクルマでローマの休日を楽しむことが可能になるのである。列車移動中は、運転の必要がないことから自由に列車内を散策可能であるし、仕事をすることも可能である。
あれから30年を過ぎた今、電気自動車は実用化の時代に入り、これから益々普及してゆく中で、「長距離」と「充電時間」の2つの大きな不安要素としての課題を克服できる新しい電気自動車の移動手段は、欧州のみならず新幹線ネットワークが拡がる我が日本でも可能ではないのだろうか。

なお、当プロジェクトにご興味のある企業さま、研究者さまなど、下記メールアドレスにご連絡いただければと思います。


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inoue design | Akira Inoue

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